─幽霊─

□想い
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Mr.ブシドーと出会って1ヶ月半。
今日も何事も無く見回りを終えて、Mr.ブシドーと並んで座りながら、フェンス越しの夜景を眺める。
風も穏やかで、夜景も綺麗で。
どことなくロマンチックな雰囲気に、こんな警備服じゃなく、もっとおしゃれなパーティードレスでも着ていたいくらい。
(…………)
隣に座るMr.ブシドー。
二十歳の時に強い剣豪と戦って失ったという左目は刀傷で塞がってて、だから見ていても解らないだろうと顔を向けて見るその透ける横顔は、ずっと夜景じゃなく空を見上げてて。
(…………)
今…、何を思ってるんだろうと思う。
成仏の事考えてるんだろうか。
彼の一番の望み。
唯一の望み。
(…………)
叶えてあげたい。
Mr.ブシドーの望む事。
あの刀を手に入れる事が出来たら、その望みを叶えてあげられる。
…でも。
(…………)
したくない。
その望みを叶えてあげたいけど、ずっと叶わなくていいと思ってしまう。
きっと、刀を手に入れる事は出来る。
あれからウソップさんに訊いた、あの刀の値段。
一億八千万。
そしてお金さえ出せば、あの刀の所有者であるこのデパートの社長はあの刀を売る気でいるらしいとも聞いた。
だから、お金さえ払えば、あの刀を買える。
Mr.ブシドーの願いを、成仏の望みを叶えてあげられる。
刀の値段を聞いた時は驚いたけど、でも一億八千万なら、パパに頼めば足りない分は出してくれるだろう。
私の貯金の方が遥かに少ないけど、でもパパなら出してくれる。
こうしてバイトして、出してもらった分も少しずつでも返していけばいい。
…でもダメだ。
買えない。
(…………)
空を見上げる、Mr.ブシドー。
その横顔を、Mr.ブシドーを、ずっと見ていたい。
これからも、一緒にいたい。
(…………)
Mr.ブシドーが好き。
それに気付いたのは、いつだっただろう。
彼が成仏を望んでる。
そう思う度に、それをイヤだと思う自分がいた。
そしてその思いは大きくなってくる。
側にいたい。
ずっと。
これからもずっとMr.ブシドーの側で。
こうして二人で一緒にいたい。
(…………)
見上げる横顔。
男らしい、整った顔。
頼りがいのある大きな体。
言えないけど。
私は生きてるから、もう生きてはいないMr.ブシドーに、告白は出来ないけど。
一緒にいたい。
ずっとこうして一緒にいたい。
『…………ビビ…』
「なに?、Mr.ブシドー」
横顔を見上げてたら、Mr.ブシドーが静かに私を呼んで。
その顔が、私に向いた。
『…………』
「…………」
目が合って、その顔は静かに私を見ていて。
その整った男らしい顔を見ていた。
『………俺は…おめぇが好きだ…』
「…………」
Mr.ブシドーから言われた言葉に、一瞬意識がついていかなかった。
それは告白。
確かに、告白の言葉だったから。
『…………悪ぃな。俺は生きちゃいねぇのによ…』
「…………」
『だが…おめぇが好きだ…。好きになっちまった…』
「…………どうして謝るの…?」
『…………』
謝ったMr.ブシドーの顔を見続ける。
男らしい、整った顔。
「…私も…Mr.ブシドーの事好きなのに…」
『─────』
見開かれた右目。
信じられないみたいに。
驚いてる顔。
「……こんなに好きなのに」
その顔を見ながら、もう一度、心の中の気持ちを言った。
「どうして気付いてくれなかったの…?」
『………悪ぃ…』
Mr.ブシドーの胸元に体を寄せて。
腕を回した体はすごく逞しかった。
そしてすごく冷たくて。
でも、ちゃんと手触りを感じる。
「…好きよ…。Mr.ブシドー…」
『ああ…、俺もだ…ビビ』
私も気付かなかったけど。
Mr.ブシドーが私を好きでいてくれた事。
気付かなかったけど。
今はちゃんと繋がった。
Mr.ブシドーと心が繋がった。
ずっと抱き締めたかった体を抱きしめて。
冷たい体を抱き締めて。
(…………、)
冷たい腕に抱き締められながら、目を閉じてその冷たさを、Mr.ブシドーの腕の中にいられている事を実感していると、頭に触れてきた感触。
それに目を開けると、Mr.ブシドーは私を見ていて。
キスがくる。
そう思った。
(…………)
ちょっと恥ずかしいけど、Mr.ブシドーにならいいと、Mr.ブシドーを見ていた目を伏せて。
ゆっくりと降りてきたMr.ブシドーの顔を見ながら、目を瞑った。
唇に静かに触れた冷たさ。
その冷たさに、Mr.ブシドーとキスしてる事を実感する。

「……まさか幽霊とキスする日が来るなんて思いもしなかった…//」
ちょっとの恥ずかしさと照れくささ。
それに顔を下ろしたまま、でもMr.ブシドーを抱き締めたまま呟いた。
『……嫌だったか…?…』
「…ううん…」
まだ口に残る感触。
冷たさと柔らかさ。
それを感じながら、Mr.ブシドーの顔が見たくて顔を上げて返事をした。
「すごく嬉しい…」
その感触に、目の前にあるMr.ブシドーの顔に。
自然に笑みが漏れる。
『俺も初めてだよ…。こんな事したのは…。生きてた時ぁ毎日斬り合いばっかで、女に目が向いた事すらねぇ…』
「…ふふ…っ」
それは私には意外な言葉だったけど。
Mr.ブシドーみたいな男性(ひと)が、キスも初めてだった事。
そして嬉しい。
Mr.ブシドーの初めてのキスの相手になれた事。
「じゃあお互い初めて同士ね」
『……おめぇも無かったのか…?』
「ええそうよ?。どうして?」
意外そうに、どこか驚いてるみたいな顔のMr.ブシドーに訊いて。
もしかしてそんな簡単にキスさせるような人間に見られてるんだろうかと、ちょっとショックと落胆感を感じた。
『…いや…。…おめぇは綺麗だからよ…』
「…………」
『…見る目がねぇな。この時代の野郎共は…』
「……ふふっ」
でもそんな風に見られてるんじゃなく、逆に見た目を誉められてる事に安心して。
「……私にだって選ぶ権利くらいはあるのよ?」
『…………』
「ファーストキスは本当に好きになった人とって決めてたんだから」
『………ふぁーすときす…?』
笑いながら言ったら、英語は解らないみたいで、少し声を傾げたMr.ブシドー。
「…初めての接吻の事」
そのMr.ブシドーに解るように言い直して、引き締まった頬に手を当てた。
肉付きの薄い頬はやっぱり冷たくて、でも確かな感触。
「好きよ…、Mr.ブシドー…」
『………ああ…。好きだぜ…ビビ…』
もう一度重ねた唇。
柔らかい、でもちょっとかさつきのある冷たいその唇から唇を離して、冷たいMr.ブシドーの腕の中で、街の夜景を二人で眺めた。


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