─原作サイド─

□酒
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もう少しでアラバスタ。
帰路の船旅は月日としては早いけど、重大な使命を持つ私にはとても長く感じられた航海だった。
(……チャカ……、ペル……)
昨日読んだ新聞で見る限りでは、まだ暴動は抑えられてるみたい。
それは、あの二人が頑張ってくれてるから。
護衛隊長のイガラムが不在になったあの国で、副隊長のチャカとペルは頑張ってくれてる。
(……もう少し頑張って。もうすぐ帰るから)
また早ってきた気持ちに、柵の手摺りに置いた手を強く握り、でも確実に近付いたアラバスタにその気持ちをもう少しだと宥めて、今は後少しになってしまうこの船の上での平和に浸る為にデッキを降りた。
(…………)
降りたものの、特にする事もなくて。
用事は午前中に全部済ませちゃったし、今は珍しくみんな揃ってお昼寝しちゃって。
手伝う事もないし、ちょっと暇を持て余して、見張りでもしようかなと、見張り台に登った。
「ん」
「…んぁ……?…」
見張り台の入り口に頭が入った時、横にあった黒い丸太に気付いて。
それがMr.ブシドーの投げ出した足だと、見慣れた彼の服装からすぐ解ったと同時に声がして。
横を向いて見上げると、寝起きの目をしたMr.ブシドーが、目を薄く開いて私を見てきた。
「……おう…、ビビ…」
「Mr.ブシドー。あなたここにいたの?」
どうりで甲板にいつもみたいに寝そべってる姿もトレーニングしてる姿も見えないと思っていたら、どうやら彼が見張りしてて、その延長で眠ってたらしい。
「…ん。ふわ〜〜ぁあ!!。……あ〜、よく寝た…。……あ?。なんだ、やけに静かだな」
大あくびをして寝ぼけ眼で辺りを見回したMr.ブシドーが、私に訊くでもなく一人言のように声を出した。
「みんなお昼寝してるわ」
「ふ〜ん…。おめぇは寝ねぇのか」
「ええ。前に言ったでしょ?、忘れた?」
「いや…。忘れちゃいねぇがよ…」
この船に乗った翌日の夜。
初日はみんなの朗らかな雰囲気に気が抜けた安堵感から眠ってしまったけど、その次の夜、ナミさんが眠ったのを見計らって甲板に出て、トレーニングしてるMr.ブシドーと出くわした。
そこで訊かれた。
今と同じように、『寝ねぇのか』と。
その時は『ええ、ちょっと』と答えたけど。
この彼に戦いの手解きを教えて貰ってからは、彼とも近く話せるようになって。
ある日、どうして寝ないのか再度訊かれた。
だから答えた。
寝たくないから、寝られないからと。
今、国の人達はいつ反乱が本格化するか気が気じゃない筈。
そんなみんなは夜も安心して眠ってなんていられない筈。
それを考えたら、私だけ安穏と眠っていられない。
みんなの不安を考えると、つらくて眠ってなんていられない。
みんなは家族だから。
国のみんなは、私の大事な家族も同然だから。
それをMr.ブシドーに言った。
それからは、Mr.ブシドーも何も言わなくなった。
「…だが今は横になるだけでも寝てる方がいいんだがな。決戦は近ぇぜ」
「…ええ、解ってる。今晩からは夜はベッドにいる事にするわ。眠ってられないし、眠れないだろうけど、横にだけはなっておく」
「そうしろ。ん…、そういやあいつらって事は、ナミも寝てるのか」
「?。ええ」
見張り台の中に上がって、Mr.ブシドーの嬉しい気遣いに返したら、ナミさんの様子を訊いてきて。
「おし。なら今のうちだな」
「?」
それに返したら、体を起こしてそのまま立ち上がったMr.ブシドーになんだろうと見ていると、その間にも見張り台を降りたMr.ブシドーが、そのままデッキに歩いていった。
(…またお酒)
キッチンに入って、またすぐ出てきたMr.ブシドーの手には、やっぱりそんな事だろうと思った葡萄酒の瓶。
起きたらトレーニングかお酒の、Mr.ブシドーのワンパターンな日常生活にちょっと辟易しながら見ていると、今日はお酒の瓶の他に、コップを一つ持ってる事に気付いた。
(…………)
今日も飲ませてくれるんだと思って、気持ちが穏やかになる。
あれから何も言わなくなったMr.ブシドー。
でも代わりに、たまに私にお酒を分けてくれるようになった。
気晴らしのお酒として。
『俺がてめぇの酒を人に分けるなんざ貴重だぜ?』
初めてMr.ブシドーと飲んだ初日、そう言って僅かにニヤリと笑いながら向けてきた瓶の口。
それからは、たまにお酒に誘われた。
でもそれはいつも夜で。
でも今日は初めて、昼間に一緒に飲もうとしている。
メインマストの下に来たMr.ブシドーがそのコップを酒瓶の頭に被せて、その瓶を腹巻きに挿してマストを上がってきた。
「ほれ」
見張り台に上がって、瓶の頭から手に持ったコップを私に差し出してきて。
それを受け取ると、私の横にドカッと胡座をかいて座り込んで、瓶の栓を親指で軽々と開けたMr.ブシドーが、私のコップにその葡萄酒を注ぎ始めた。
「この前ナミが隠してんの見てたんだ。うるせぇのが居ねぇ内に飲むぜ」
(えっ!?)
笑いながら注いでくるMr.ブシドーは楽しそうで。
そんなMr.ブシドーとは反対に、私はその言葉に心配になった。
「ちょっMr.ブシドー!!。これってナミさんのお酒なの!?w」
「ああそうだ」
焦る私にしれっと返してきたMr.ブシドーの手に持つ葡萄酒の瓶は、確かにいつもMr.ブシドーが飲んでるお酒とは違っていて。
「い、いいのっ?w。ナミさんの葡萄酒ならかなり高いんじゃないのっ?w。バレたらナミさんすごく怒るんじゃあっw」
「構わねぇよ。飲んじまえばもう返せとも言えねぇからな。てめぇ一人で旨ぇ酒飲もうったって、そうはいかねぇぜ」
この今飲もうとしているお酒がナミさん秘蔵のお酒だと解って焦る私のコップから瓶の口を離して、いつにも増して上機嫌にそのまま瓶の口に口を付けて瓶を傾けるMr.ブシドー。
その、上を向いて飲むMr.ブシドーの喉仏がニ、三度動いて。
「ん、うめぇ。やっぱ高ぇ酒はいい味だ。ほれ、ナミが起きねぇうちにおめぇも早く飲め」
瓶の口から口を離して満足そうに言ったMr.ブシドーが、私にも勧めてきた。
「……う…ん…w。………それじゃあ…w」
相変わらずお酒の事になると生き生きと上機嫌に笑うMr.ブシドーのその笑顔を見てると、それ以上何も言えなくなって。
(…………)
Mr.ブシドーもみんなも、決戦の前だというのに全然いつもと変わらなくて。
その余裕の様子が、私の焦りを取り除いてくれる。
本当に私はこの船に乗れた事、みんなに出会えた事を幸せに感じながら、コップを口に近付けた。
「……あ、ほんと。美味しい」
「だろ?」
一口飲んで感想を言った私を見ながら、Mr.ブシドーがニカッと笑った。
「これでおめぇも共犯だな」
「Σえっ!!?」
二口めを喉に通して、鼻に抜ける芳醇な香りを堪能してると、楽しそうに笑いながら言ってきたMr.ブシドーの言葉に驚いて、その香りも意識から吹き飛んだ。
「おめぇも飲んだっつったら、あいつも怒りゃしねぇだろ。どやされたとしても、そん時ゃおめぇも一緒だ」
「Σ。ひどいわっ!?、Mr.ブシドーっ!!w。もしかして最初からそれを企んで私にも飲ませたのっ!?w」
「はははははっ。今頃気付いても遅ぇぜ。ほれ、もう飲んじまったんだから全部飲めよ」
「〜〜〜〜〜w」
ゴクゴクと喉を鳴らして瓶を傾けるMr.ブシドーにもっと文句を言いたいけど、いくら言った所で全然意に介さないのももう解りきってしまった。
それに騙されたとはいえ、ほんとに飲んじゃったんだから、もうどうしようもなくて。
ナミさんに怒られたらMr.ブシドーに利用されたって言い張ろうと心に決めて、美味しさが複雑になったお酒に渋々口を付けた。
「……ねぇ、Mr.ブシドー」
「ん…」
みんなといられる平和なこの船の上での生活もあと僅か。
だから疑問に思った事は全て聞いておこうと思った。
「あなたはサンジさんみたいに煙草は吸わないの?」
一度訊いてみようと思ってて、でもなんとなく訊く機会がなかったMr.ブシドーへの疑問。
残り少ない平和な時間の思い出の一つとして、Mr.ブシドーともその思い出を作っておこうと、今のこの機会に訊いてみた。
「吸わねぇよ。あんなもん吸ったら酒の味が解らなくなっちまうからな」
(なるほど…)
いかにもMr.ブシドーらしい答えに、思わず納得してしまった。
「俺は一生酒の味を楽しみてぇからな。鼻から入ってくる分はしょうがねぇが、直接吸いはしねぇ」
「…そうね、その方がいいわ。お酒も煙草もなんていったら、いくら丈夫なあなたでも体壊してしまうだろうから」
今でさえあの飲酒量は、常人ならとっくに肝臓が悲鳴を上げるレベルだろうから。
「うん、でもほんとに美味しいわね、このワイン。…ナミさんが気付いたら怖いけど…w」
頭に容易に想像出来るナミさんの怒りの顔。
そのナミさんの前で私は謝っても、きっとMr.ブシドーは我関せずな態度でいるんだろう。
それを理不尽に思いながら、それでもこれで二人きりで飲むのも最後になるだろうお酒を味わう。
最後になるからMr.ブシドーはこれを選んだ。
いつものお酒じゃない、最後に飲む高級酒。
Mr.ブシドーなりの、私への餞別。
そう思うと少し寂しさを感じて。
今まで彼とも過ごした時間を思い出しながら、でもこの船で飲む最後のお酒を寂しいお酒にしたくはないから、反乱を止める勇気付けのお酒に変えてその味を味わった。


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