─原作サイド─

□強さ
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「7396……。7397……」
(…………)
ナミさんの熱でぬるくなった水を替える為に、桶を持って甲板に出ると、正面の船首デッキの上で逆立ちで腕立てをしているMr.ブシドーが見えた。
彼は今日もトレーニングをしている。
毎日昼夜問わず、何時間でも。
いつも強さを求める心を折らず
その心と強靱な精神力は、尊敬に値する程。
すごい心。
強い心。
『私も戦うわ!!』
リトルガーデンでのあの言葉、あの時の気持ち。
自分の偽りのない言動。
でも、彼に引っ張られたのも事実。
彼の気迫に、彼の精神力に。
それに引っ張られて言葉を放ったのも事実。
『死なない覚悟はおありですか?』
(…イガラム…)
自分を囮に船に乗り、爆発の中に散った彼。
泣けなかった。
決めていたから。
泣かないと。
何があっても泣かないと。
イガラムとも決めていた。
私は死なないと。
その私の身代わりに、国を取り戻す為の礎となって散った彼の志と誇りの為にも。
泣けはしなかった。
そして…。
リトルガーデンでのあの時、死ぬ事を許されない私の決意を引っ張った、Mr.ブシドーの心の強さ。
決して折れる事のない、固い決意。
生きる事への執念と、強い心。
見習わなければと思える。
あの心の強さ。
国を取り戻す為に。
あの強さを、私も見習わなければ。
そう心に誓った事を胸の中で復唱し水を替えにキッチンに向かった。

「……少しいい?。Mr.ブシドー」
「あ?」
ナミさんの看病をサンジさんが休んできなと代わってくれて。
少しMr.ブシドーと話をしようと、トレーニングの後のクールダウンの時間にMr.ブシドーに声を掛けたら、汗を拭いていたMr.ブシドーが手を止めた。
「…少し訊きたい事があるんだけど、今いい?」
「ん…?。ああ。構わねぇぜ」
クールダウンの邪魔にならないように先に断りを入れると、気軽に返してきてくれた事に安心して。
片膝を立てながら柵に凭れて座ったMr.ブシドーの隣に座って、Mr.ブシドーの顔を見た。
「あなたはどうしてそんなに強さを求めるの?」
「……なんだ。そんな事訊いてどうするんだ?」
(…………)
どうやらMr.ブシドーはいつものように戦いの講習を受けに来たと思ったみたいで。
少し拍子抜けしたみたいな顔で返してきた。
そしてその言葉遣いから何か訊いちゃいけないような事を訊いてしまった気になった。
「…気に障った…?」
「いいや。そんなわけじゃねぇが」
その顔は気分を害した顔でもないけど、少し心配になって訊いた私に即答で答えた事に安心して。
「聞いてもつまらねぇぜ?」
でも次に来たのは質問の答えじゃなかった。
「…いいわよ。聞いてみたいの。あなたがそこまで強さを求める理由が」
「…………」
もしかしたら言いたくないのかしらと、私を見ながら黙ってるMr.ブシドーを見ていると、ふいにMr.ブシドーが少し小さく笑った。
「…死んだ親友との約束だ」
「え…?」
私から顔を前に戻して、軽く空を見上げながら言ったMr.ブシドーの、その口から出た思いもしなかった言葉に、一瞬思考が止まって。
「…約束…?。…亡くなったの…?、その人は…」
「…ああ」
思わず確認した事に、Mr.ブシドーが空を見ながら返してきた。
「まだあいつも俺も本当にガキの歳の時にな」
「………そんな若くに…」
そんな若さで亡くなってしまったその人を思って思わず呟いて視線と目を伏せた時、Mr.ブシドーが空を見上げたまま両腕を枕に更に深く柵に凭れかかった。
「強さは元々求めてた。いつか海に出て、世界一の剣豪になると。そしてそれをあいつと勝負した。どっちが先に最強の剣豪、『大剣豪』になるか。それを"約束"したんだ」
「…………」
「だがその翌日だ。あいつが死んだと聞かされたのは。バカが、階段でコケて死ぬなんて、冗談みてぇなくだらねぇ死に方しやがってよ…」
(…………)
亡くなった人をそんな風に言うなんてとは咎められなかった。
彼の表情が穏やかすぎて。
その横顔に浮かぶ笑みが少し寂しそうに見えたから。
「だから決めた。いつか大剣豪になった俺の名を、あいつのいる空の上まで轟かせると。大剣豪を目指すのはあいつとの"約束"だ。そして大剣豪になるのは、俺の"夢"だ」
(夢…)
彼の話に、すごいと感心した。
夢の為に命を掛けている。
親友との約束に命を掛けて。
あんなに強く、心を、体を鍛えて。
すごいと思った。
その心の持ちよう。
その志、信念。
私の中で、益々彼への尊敬の心が強くなった。
「…はは、あいつの話をしたのは初めてだ。そういや、あいつらにもしたこたぁねぇんじゃねぇかね」
笑いながら空を見上げていた顔を下ろして。
その表情は随分と穏やかだった。
「…ごめんなさい⊃。みんなにも言わなかったって事は、本当は言うのがイヤだったんじゃないの…⊃」
訊いちゃいけない事を訊いたんじゃないかとMr.ブシドーの言葉に思って言ったら、Mr.ブシドーが私に顔を向けてきた。
「構やしねぇよ。訊いてこねぇから言わなかっただけだ。わざわざこっちから言う事じゃねぇしな」
(……ほ…)
少し笑いながら言ったMr.ブシドーに、言いたくない事を言わせたんじゃない事が解って、気が楽になった。
「……ま、おめぇだから言ったってのもあるかね」
「?。私だから…?」
そんな私を無表情に顔つきを変えて言ったMr.ブシドーにどういう意味なのか解らなくて言葉を返すと、ほんの少し口元に笑みを浮かべて両腕を枕にまた空を見上げた。
「…おめぇは似てるからな」
「私が?。…誰に?」
さっきの話の流れから、その親友という人かと思ったけど、つい訊くと、
「……俺に」
「……あなたに?。私が…?」
視線だけを向けての返事は意外な言葉で。
「…どこが…?」
驚いた弾みについ、訊いていた。
その私を見ていたMr.ブシドーがその目をまた空に戻して。
「…強ぇ所が」
「…………」
その少し笑みを形作る口から言われた言葉に、少し呆然とした。
「いい度胸に威勢の良さ。リトルガーデンでも俺にてめぇも戦うと言った。その心意気の強さが俺に似てると思ってな」
「…………。結構自画自賛するのね…。!!w。ごっw、ごめんなさいっ!!w。私ってば失礼な事言っちゃってっ!!w」
自惚れたりしないタイプに思えてたから、誉められたらしい言葉よりそっちの方に気が行って、思わず言ってしまった口を咄嗟に両手で塞いで慌てて謝ったら、Mr.ブシドーはキョトンとした顔をしていて。
「………はははっ。おめぇマジでたまに結構言うよな」
(、…………)
怒りもせず、楽しそうに笑ったMr.ブシドーのその顔に、また少し呆然とした。
私がミス・ウェンズデーとしてこの船に捕まった時は、この彼は私の内心を見透かしてるみたいな、結構凶悪な顔で笑ってて。
その印象はまだ頭にある。
でも、この船に乗ってから何度か見た、今の彼の和やかとも言える笑顔はまるで少年らしくて。
(………本当に…、心の許せる相手にはこんな顔もするのね…)
敵や疑わしい相手には不敵か怖い笑みしか見せない、『ミス・ウェンズデー』だった時の私は、この彼のそんな顔しか見た事がなかったけど、用心する必要のない相手にはこんな穏やかな笑みと雰囲気を出せるんだと、『私』としてこの船に乗ってから知った彼の一面。
「ま、確かに自画自賛だがな。だが誰にでも見せる顔じゃねぇ」
(…………)
でしょうねと、周りに敵しか居なさそうな、こんな風に気を許せる相手と気軽に話す機会なんてあまりなさそうなMr.ブシドーを見ていると、そのMr.ブシドーの顔がこっちを向いてきて。
「似てるおめぇにだからだ。強ぇ王女さん」
(…………)
私が彼に似ていると言われて。
それがゆっくり、ジワジワと心に染み込んでくる。
(…うん…、大丈夫よね……)
Mr.ブシドーに似てると言われて。
心の奥底から湧き上がってくる自信。
私はMr.ブシドーに似てるみたいだから。
強い、とても強固な心を持っているMr.ブシドーに似ていると言われたから。
きっと大丈夫。
アラバスタは取り戻せる。
反乱も止められて、クロコダイルもきっとアラバスタから追い出す事が出来る。
(うん)
言うだけ言って昼寝に入ったMr.ブシドーの隣で、両手を胸の前で拳にして気持ちを引き締めて。
私は出来ると、絶対にやれると、横から聞こえ始めたいびきを聴きながら、湧き上がる今の自信を強く心に刻み込んだ。


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