□ほんの一秒でも、ありのままの、僕を。
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時は代理戦争前。まだなにも知らせのない時のヴァリアー邸、7月初日を過ごした後の静かな夜の事。

「なに…これ」
呪いが解けた。その事実は今、ヴァリアーの中じゃ僕自身しか知らない事であろう。
きっと、他のアルコバレーノ達も呪いが解けているのだろうな?僕だけだなんて事、ないだろうから。
でも、これは一時的なものであろう。きっと、1時間とか、10時間とか、1日とか。短い期間なのだろうな。酷くがっかりする。永久にこの姿ならいいのに、と。でも、今は少しでももとの姿に戻れた事に、感激を覚える。

僕は泣いた。声を殺して。
でも、本当に本当に、嬉しいのだから。

ほんの一秒でも、ありのままの、僕を。

僕はベッドから降りた。なつかしいいつもより長く、細い足。目線もいつもよりぐっと上。今まで見えなかったものが見える感じだ、というより、小さくなって色々なものが見えたわけでもあるが。視界もぐっと広くなる。
カーテンを開けると、闇に包まれながらも漏れる月明かり。心地よさを全身で感じる。
外に出たい、ふと思った。
そっと事実のドアを開けると、いつもより廊下が長く感じた。一歩も、いつもより大きくて。
「なんだか、懐かしいなぁ」
ふと、声を出してみた。この声もなんだか懐かしい。いつもより少しだけ低いけど、ちゃんとしたソプラノ。
「ああ、良かった」
僕はなにも変わっていなかったんだ。なんだか嬉しくて、大好きな闇の中の灯り…月を屋根から見ようという気分になった。
そっとベランダから屋根にのぼり、静かに腰を下ろす。見上げた空は、僕には眩しすぎた。
まんまるな満月、無数に輝く星達。空ってこんなに綺麗だったっけ?青、赤、黄、緑、紫…たくさんの色は僕達アルコバレーノみたいだな、――しかしこれは星、いずれ消えてしまう。…そういう運命なのだろうか。
この呪いは一生解けずに、命が終わる、という意味合いだろうか?
「ああ、神様の意地悪。僕は報われないのですか?なら、どうして僕に命を授けたんですか」
急に命があることがばかばかしくなってきた。こんなに空は綺麗だけど、僕の心はズタズタだった。
支えてくれる人もいない、こんな馬鹿で、みじめで、滑稽な僕を愛してくれる人など、
「いるわけ、ないかぁ」
あはは、と苦笑しながらも涙があふれて止まらない。ごめんね神様、僕に命を授けてくれた貴方が悪いんだよ…
僕はもうこの身体は、この運命はいらないと決めた。手段、此処から飛び降りる。屋根ギリギリまで立った時、一人の男が頭をよぎった。…べルフェゴール。
君にはありのままの僕を見てもらいたかったよ、どんな時でも一緒にいてくれた貴方に。
喧嘩なんかもう何回もしたけど。ごめん、いっつも迷惑かけたよね、いつも素直になれなくてごめん。
ごめん、ごめん、ごめんなさい。
「君には謝る言葉しかでてこないね」
なんで、なんで…あの夜素直になれなかったんだろう。怖い夢見ても一人じゃやだって言えなかったし、べルが抱きついてきてもなんだか恥ずかしくなってきちゃったりとかして。ああ…どうしてだろう。
夜風に吹かれながら、後悔ばっかりして、一人の男の事を考えて一人、涙を浮かべて。

「僕は君が好きだったんだ…」

僕は気がつけば、泣いていた。声をあげて。嗚呼、泣いたのはどれくらいぶりだろう。今日だけで二回も泣く事になるなんて。想像もしていなかった。それだけ君は僕の中で大きい存在だったんだ。初めて気づいた真実が、僕を一層悲しくさせる。
どうしてそんなに優しくしてくれたの?どうしてそんなに名前を呼んでくれたの?どうしてそんなに…
「愛してくれたのかなぁ…っ」
涙で視界が霞む。…でも君は僕がいなくなっちゃっても、どうって事ないよね?
力なく崩れ落ちる。乾いた涙が僕の頬を伝う。その時だった。
「誰?」
びくついた。それはそれは今、一番聞きたかったけど聞きたくなかった声。ある意味会いたくなった。嗚呼、なんで今来ちゃうんだよ…よりによってこんな無様な泣き顔晒して、フードだってとれて。この忌まわしい紫の眼球が露わな今。「どうしてなのさ、ベル」低く呟いた。
「誰かいるよな…?お前はボンゴレか?何処のファミリーだ」
窓からこちらに視線を向けるベル。こちらに人がいるのは分かっていても誰とまでは分かっていないらしい。
「…侵入者?なら王子が殺っちゃってもいいよね?」
…まずい。ベルが屋根に上がってくる。そう察した僕は震える足でゆっくりと立ち、屋根の上へ上へと上る。屋根だから死角が無い。しかしここはヴァリアー邸。複雑な形の屋根だから少しは隠れる場所はあるはず…
「王子に殺されるんだからお前相当ツイてるよっししっ!良い最期をな」
僕はとっさに屋根の上を移動しようと足を出すと、何かの拍子でバランスを崩し、「あっ」と声をあげてしまった。
「…女?」
…感づかれた。僕は小さく「ちっ」と舌打ちをするとそっとフードを被った。

足を動かそうとしたが…思うように動かない。さっきのバランスを崩した際に生じたものだろう。くじいた…のかな?少し動かすだけでも激痛が走る。
「どうした?お前、動かないの?」
彼お手製のオリジナルナイフをひゅんひゅんと飛ばしてくるため、容易には動けなくなる。しかしこのままではいられない。
視線をそらそうと幻覚で僕を出す。上手く出て来たように魅せられたかな…
「…お前、さっきまで出てこなかったじゃん、よく出て来れたね。ししっ!」
「当たり前でしょう、僕は君の技を知っている。」
ベルは「ハァ?」とでも言いたげな表情で幻覚の僕を見る。どうやら上手くいったようだ。距離は只今50メートルってところ。だんだん彼が近づいてくるので僕は後ろに一歩、一歩と下がっていっているわけだ。
「なんでお前、王子の技知ってんの?」
「当然さ、そんなの――」

僕が君のお世話係何年やってきたと思ってんの?

「そんなの、君の事を傍で見てたからさ」
「へぇ…」
べルフェゴールは「面白ェ奴!!」と一言言い、バッと幻覚の僕にオリジナルナイフを投げたかと思うと、一気に至近距離までナイフが来ていた。僕は追い詰められた。…僕が死んでいる間、こんなにも強くなっていたんだ…変わったね、ベル。
「終わりだぜ、バイバイ、不思議ちゃん」
「楽しかったよ、じゃぁね」
この2つのセリフはほぼ同時に発せられた。しかし、僕の幻術を消す方が早かったようで。
彼は「ちっ、あいつ逃げやがった…」と血眼になって僕を探してる。
その僕は「僕」じゃないよ…ベル。
いつの日か、ありのままの「僕」を見てほしい。嗚呼、もう今日しかないのかな、でもきっと貴方は、「お前誰?」って言うかな。さっきみたいに殺そうとするかな、それとも…いつもみたいに名前を呼んで、抱いてくれるのかな?その瞬間。大きな風が吹いた。
「…わっ」
不覚にも声を出してしまった僕は、彼に感づかれたようで。それから、ゆっくりと移動しようとする僕とベル。
「…ちっ、仕方ない、表へ出るか」
屋根の裏に隠れていた僕はそっと屋根を上る。相手の位置を確認した所、20〜30メートルの近い距離。彼は「ししっ、見ぃつけた」と不敵に笑い、僕を見つめる。そんなべルフェゴールの表情が一変したのは、僕がこの言葉を発してから。
「久しぶりだね、王子様」
ベルは僕を見るなりこしこしと目をこすったり、「え?」とか「は?」とかわけのわからないことをほざいている。
「…わけわかんないんだけど。君、僕の事殺りにきたんじゃないの?」
僕がクスリと笑うと、「この生意気な態度…もしかして…」と呟いた後、君は突然。

「マーモン?」
僕の。僕の名前を、僕であって僕ではない名前を。頬の逆三角でわかったのかな。でも違う、僕は「マーモン」じゃなくて、違うよ、ベル。
「誰?それ」
気づいたら否定していた。今は、今だけはあの名で呼んで、ベル…
僕が下を向いていると、突然の近くでのブーツ音。ハッとして顔をあげると、そこには少し成長したベルの姿。「じゃぁお前の名は…」

「バイパー?」

時が、思考が、息が。全てが止まったようだった。
瞬間、風で僕のフードがとれてしまった。もう被りなおさない。今、愛しき彼に、
「そうだよ、べルフェゴール。…君とこの姿で会えて嬉しいよ」
『ありのまま』を。マーモンじゃなくてバイパーを。その目で、見てもらっているのだから。
どれだけ望んだ事だろうか。嬉しくて、もう涙しか出て来ないや。気づいたら僕の目からは溢れんばかりの涙。「嬉しいよ」と言った時、君に初めて見せた本当の笑顔。この夜は、月が本当に綺麗だ。そんな時、彼はそっと口を開く。
「バイパー、俺も会いたかった。これからも、ずっと先も――」
全て言い終える前に彼は僕をぎゅっと抱きしめて、静かにこう呟いた。
「愛しているよ」
僕も抱きしめ返す。精一杯背伸びをする。涙を拭う。そして、
「僕もだよ、ベル」
そう言葉を返した瞬間、ベルは僕の唇に自分の唇を重ねた。静かな、静かな、星輝く、月が綺麗な夜の事。そよそよと今はもう静かな風の音。僕らは屋根の上で、甘く、とろけるように、深いキスを交わした。
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