長文【零】
□張られた糸
2ページ/9ページ
堀に架かる太鼓橋を越えた所に建つ
藍色の暖簾を靡かせる立派な宿
男はそこに部屋を取り、夜には戻ると言って、私を残して出て行った
また楓の笑顔を頭に浮かべながら
窓から覗く城壁を横になって仰いでいた。
*
緋色の首筋にふわりと温い微風を感じ
目を開くと
月の光に照らされ
男が私に覆い被さり、耳元で苦しそうに荒く呼吸していた
何だこれは…。
「おい、何なんだ!!?退けてくれ!!!」
体を押し退けようとするが
手首を畳に叩き付けられた
「……っ……一服、…盛られちまいまして…。」
激しく肩を上下させたまま、吐き出す様に声を漏らした
首筋に当たる吐息が、かなりの酒気を帯びている
「一服って…お前な。薬屋が薬盛られてどうするんだ!!!阿呆が!!!良いから一先ず退け…。」
一向に退ける様子は無い。
「………只の…女と見くびって、油断…した…。」
女?
「モノノ怪…か?」
男の髪が頬を擽る
「………っ…あれは、蜘蛛だ…。」
蜘蛛…。毒気にやられたか…。
「…ふん。お前らしくもない。」
男は呼吸を荒くしたまま、私に全体重を預け、何も言わなくなった。
…意識を失ったのだろう。
拘束の解かれた腕で体を支え、身を捻って男の下から這い出た
うつ伏せに倒れる男の首筋を見ると、
予想通り紫色の噛み傷が有る
…阿呆か。狩りに行ったつもりが喰われそうになる等と
だが、こいつがこうまでなるとは…
逃げて来られただけでも儲け物かも知れんな。
卓上の灯篭に火を灯し、記憶を辿って
心当たりを探した。
*