長文【零】

□張られた糸
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堀に架かる太鼓橋を越えた所に建つ
藍色の暖簾を靡かせる立派な宿



男はそこに部屋を取り、夜には戻ると言って、私を残して出て行った



また楓の笑顔を頭に浮かべながら
窓から覗く城壁を横になって仰いでいた。






















緋色の首筋にふわりと温い微風を感じ



目を開くと



月の光に照らされ



男が私に覆い被さり、耳元で苦しそうに荒く呼吸していた



何だこれは…。



「おい、何なんだ!!?退けてくれ!!!」



体を押し退けようとするが



手首を畳に叩き付けられた



「……っ……一服、…盛られちまいまして…。」



激しく肩を上下させたまま、吐き出す様に声を漏らした



首筋に当たる吐息が、かなりの酒気を帯びている



「一服って…お前な。薬屋が薬盛られてどうするんだ!!!阿呆が!!!良いから一先ず退け…。」



一向に退ける様子は無い。



「………只の…女と見くびって、油断…した…。」



女?



「モノノ怪…か?」



男の髪が頬を擽る



「………っ…あれは、蜘蛛だ…。」



蜘蛛…。毒気にやられたか…。



「…ふん。お前らしくもない。」



男は呼吸を荒くしたまま、私に全体重を預け、何も言わなくなった。
…意識を失ったのだろう。



拘束の解かれた腕で体を支え、身を捻って男の下から這い出た



うつ伏せに倒れる男の首筋を見ると、
予想通り紫色の噛み傷が有る



…阿呆か。狩りに行ったつもりが喰われそうになる等と



だが、こいつがこうまでなるとは…
逃げて来られただけでも儲け物かも知れんな。





卓上の灯篭に火を灯し、記憶を辿って
心当たりを探した。








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