長文【零】
□墓場の鬼
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黙って男の後ろに続く。
大きな木箱に描かれた妙な目の模様に見られているようで
余り良い気分では無いし、互いに終始無言だから何処へ向かうのかすら分からない。
この先の事を思うと気が重くなった。
小さく溜め息を漏らすと
速度を変えず、振り向きもしない男から
「…この先の山寺へ向かう。」
と声が聞こえた。
ほう…。と思ったが返事はしなかった。
*
満開の山桜の花の濃淡を仰ぎながら
休み無く歩き、夕暮れ寸前に目的の寺へと着いた。
瓦屋根の上には異様な大群の烏(からす)が犇めいており
墓石が立ち並ぶであろう一角は、高い生け垣で囲まれていた。
その向こう側から微かに怪しい気配を感じる。
「…夜な夜な、墓荒しが出るそうだ。」
気配も無く横に居た男が
生け垣を見詰めながらそう言って、敷石を鳴らしながら本堂へ入って行った。
「墓荒し、ねぇ…。」
だからあんなに烏が集まっていたのか。
ひとり、うんうんと頷いていると
境内に小さな坊主が駆け足で入って来る。
狐の顔を見ると あっ、と言う顔をして近寄り頭を下げた。
「先程はお世話になりました!」
昼間会った時の印象と大分違う、
しっかりした態度だ。
「お前、この寺の子供だったのだな。」
「はい!和尚様のもとで修行中なのです!…あっ!和尚様に頼まれた物を渡しに行かなくてはなりませんので、これで失礼します!」
また深く礼をして本堂へと駆けていった。
童子の後を追うように歩き出すと
本堂の入口から男が顔を出し、
逆手で くいくい、と手招きする。
ああ…と呟いて隣まで行くと
私の耳に口を寄せ小声でこう言った。
「一晩、宿を借りる事になった。上手くやって下さい。」
…上手く?
何の事かと思って居たが直ぐに分かった。
お堂の中央に座した和尚が見え、
敷居を跨いだとたんに…。
「和尚様、これが先に話していた私の、“妹”で御座います。」
…なん、だと…?
眉間に皺を寄せ、男を思いきり睨むと背中を押され
「さあ、ご挨拶を。」
と下を向き、口の端を吊り上げていた。
何て奴だ…。
すると和尚が穏やかにこちらに目を向け
「美しい御嬢さんだ。さあ、お上がりなさい。」
と微笑んだ。
私は顔を引き吊らせながら腹を括って口を開く
「…宿を、お貸し頂けるそうで…有難う御座います…。」
さっきの童子の真似をして頭を下げる。
「いやいや。妻の亡き後この寺には私と修行中の孤児達しかおりませんで、大したおもてなしは出来ませんが、どうぞ遠慮無く休んで行って下さい。」
和尚は優しい笑顔で言った。
「良助、吉彦、お客人にお茶を。
平太と元吉はお泊まりになる部屋を整えておきなさい。その後、夕餉の支度を。」
和尚が指示すると、お堂の隅に並んでいた四人は、はい!と元気よく返事して
与えられた仕事に取りかる。
その様子に少し感心しながら
横に座る男と和尚の会話を黙って聞いていた。
そうしていると、膝に手拭いを巻いた童子が盆を持って
「粗茶でございますが。」
と茶を出した。
「お前、膝の怪我、先に水で流せよ。」
小声で耳打ちすると照れくさそうに頷いて台所の方へ歩いて行った。
*