長文【零】

□虎ノ屏風
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先程の通りを少し外れた所に
小さな清流が有り、川原に下ろした荷に腰掛けて一服する。



ふう と白い煙を細く吐くと



顔を出した月に雲がかかった様だった



目を細め、甘く苦い煙を愉しんでいると



「ちょいとそこのお嬢さん!!!儂の頼み、聞いては貰えませぬか!!!?」



背後からの不意討ちを食らう



折角の良い気分を………。



ちっ 、と舌打ちしながら振り向くと



髷を結った背の低い男が土手を小走りで駆け、近寄って来た。



狐の顔を見るなり



「なんと美しい!!!儂の目に狂いは無かった!!!頼む!!!この通りだー!!!」



川原の玉石に額を擦り付ける勢いで、
男はそこにひれ伏した。



突拍子もない男の行動に呆気となり



黙って見下ろしていると



今度は涙を流し



「お嬢さん…、本当に…本当に頼んます!!!」



そう言いながら足元まですがり付く。



「…いや、だから何なんだ!お前は!」



苛々と眉を潜め一喝すると



男は目を真ん丸にしてこう言った。



「普通こういう時、どうしました ?だとか聞くもんでしょうが!!!人が泣いて頼んでるってぇのに、この、この、人でなし!!!」



一人芝居の様にして騒ぐ男に心底うんざりしながら
いやいや、人でなしは当たっているが…
と心の中で呟いた。



「お前な…突然寄ってきてその物言いは無いだろう。先ず先に用件を話せ。」



男はぱちぱちと目を瞬きさせる



「あっ……!!!………聞いてくれますか!!! 実は…。」















その男の話を上手く纏めると



亡き父の後を継ぎ
中村屋という芝居小屋を営んでいるのだが、連日大入りである興業中の演目の
花形女優が突然行方知れずになったらしい。
大盛況である目玉の芝居を取り止めに
出来る筈も無く、空いてしまった大穴を埋めようと
蒸発した女優に成り代われる様な娘を探し歩いていた…と言う訳だ。



大層、面倒臭い男だ…。



だが餌を嗅ぎ分けるかの様に



【突然消えた】というのが引っ掛かる。



一旦、先刻の篭屋が手配した宿へ行き
旅荷を降ろしてから、
中村という男に付いて芝居小屋へと向かう事とした。











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