長文【零】

□序
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あたたかい…



繋がれた手








ざざざ と激しく喚く木々の声に紛れ、微かに近くで聞こえた二つの鋭い風の音



不意に娘の頬に、生暖かい飛沫



…これは…何?



「父様…?母様…?佐助…?」



問う声は激しいざわめきに消えた





強く握り返していたその両の手に


何故だか温かい液体が滴り


その両の手を包んでいた二つの手は徐々に冷たくなって行くようだった



風が止み、中潮の半月が…顔を見せた



* 






娘の視界には唯…白い月、赤と黒




両隣にはもう動かなくなった二つの体



その光景に思考が止まる



月光に音も無く蠢く暗雲



その闇の中に ひとつの影



「……さ…すけ……?」



足音もなく近寄る気配



眼前に、月を背負った闇蛇



その中に不気味に蠢き鈍く光る二つの朱



…これは 目だ…



そう気付いた時には喉元にそれが深く深く食らい付いていた。



無意識のうちに
懐から短刀を 取り出し 朱いそこへと 突き立てる



じゅうう



ゆらり…闇が退く









その隙を突き、駆け出す



逃げる足音



嗚咽の混じる荒い呼吸








逃げて



逃げて



逃げて



背後に迫るモノの気配に恐怖しながら



深い森を息も絶え絶え駆け抜けたが



何かに足を捕られ 倒れ込む



立ち上がる力はもう無かった



見上げれば 月明かりに照らされ 聳える
齢千年にも及んだであろう
朽ちた大樹


…ああ、これが最後の景色 と


喉元から止まる事を知らず流れる液体と次第に弱くなる自身の呼吸を感じながら、静かに意識を手離した






もう虫の声すら聞こえなかった





既に事切れているというのに
その体からは真紅が止めどなく溢れ



遅れて来た 漆黒の闇を誘う



大蛇の形をした影は 大きく口を開きそれを包んだ



その刹那



一帯に月の光りすら無となる程の霞がかかり



闇の大蛇を侵食してゆく




瞬く間に黒が 消える



ぼろぼろになった かつて佐助と呼ばれていた者の体が崩れ落ちた



「嗚呼……幾年振りか…………こうしてまた餌にありつけるとは。」



掠れた 鋭い声が響く



暗黒を喰らったのは
朽ちながら聳え立つ大樹



そこに封印されていた モノ






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