長文【零】
□序
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旅の一行は、予定より遥かにゆっくりと進行を続けていた。
だが男は、それもまた善しとしていた。
参拝の為とは言え、こうして家族連れで旅をしたのが一度として無かったからである。
あの麓の集落までは、道中点在する幾つかの宿場町に立ち寄り夜を明かした
*
娘は夫婦の本当の子では無い。
天涯孤独の子供達を預かる寂れた寺で
、産まれながらに持っていた奇病のせいで引き取り手のいない哀れな子として暮らしていたのを
五つになる年に、富は有れども子宝に恵まれぬ二人が娘として迎え入れたのだった。
二人はそれはそれは大切に娘を育て上げた。
この病さえ無ければ普通の子となにも変わらないのだから…
そんな二人の愛を受け、健やかに優しく、不幸な我が身の生い立ちなど忘れる程に明るく清らかに育った。
東洋人にしては赤く色素の薄い艶髪、絹のように滑らかな白き柔肌、長く美しい睫毛に鳶色の眼、紅を差した訳でも無いのに赤く、ふっくらと色形の良い唇。
それに加えていつも身に付ける着物も装飾も、反物問屋の娘だけあって一等だ。
娘は年頃になってゆくにつれ、老若男女問わず人の目を惹く美しい姿へと成っていった。
額の奇病のせいで、あまり自分から他人と関わる事は無かったのだが。
*
最後の宿場を発ち、半日程で一行はあの集落へと無事到着し
村人から社への道程の情報を得ると
その日は早めに宿を取り、次の日に備え身仕度を整えた。
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翌朝、
「何が悲しくてあの社へ向かうのか。」
「社がまだそこに有るという保証は無い。」
「辿り着く前に谷に落ちて死んじまうよ。」
村人達は口々に行くのを諦めるよう勧めて来たが、それでも父の心は変わらないのだ。
供をしていた従者達に
ご苦労であった、ここから先はとても険しい、お前達はもう戻っても良い
そう告げると、そのうち三人は労いと謝罪の言葉を幾つか溢した後、帰路についた。
残ったのは親子三人、それと娘の事をいつも気に掛けていた若い奉公人だけだった。
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四人は、励まし合いつつ悪路を休み休み進んだ。
日が落ち、
月が登っては、虫の声と満天の星空に包まれていた。
其を繰り返し明け暮れた三日目の夜
後、半日も歩けば噂の社へ到達出来ると勇んでいた矢先
暗い深い森が 一斉にざわめいた
空に浮かんだ月が突如、陰りを見せ
個々の目には ただただ 黒ばかり
闇以外の物は認識出来なくなった
恐怖が襲う
互いの互いを呼ぶ声を頼りに、身を寄せ合い 大丈夫だ、と言い聞かせる
娘の鼓動は早かったが、繋がれた両の手はとても温かかった。
*