長文【零】
□人拐い 壱
1ページ/9ページ
山寺からまた元来た街に戻り
元居た宿屋で、再び同じ部屋を取った。
男は丁度昼時に、
情報収集と言って部屋を出て行った。
退屈しのぎに、襖の横に置かれた姿見の前に立つ
今更ながらこの器、誠に美しい
整った目鼻立ち
長く下ろされた艶の有る赤毛
可愛らしく膨れた唇
真雪の肌
着物の下に隠された丸く柔らかい乳房
程好く肉付き括れた腰
まだ魂が自分の身体に有った時
街で見た麗人に化けたり
依り代が必要となってからも
容姿端麗な男女を選んでいたが、ここまででは無かった。
この姿でちょいと誘惑してみようものなら、其処らの男は忽ち骨抜きになるであろう。
昔、人の姿で遊廓へ行って女を抱いたり、将軍や大名と呼ばれる偉そうな男達の夜伽役をした事が有る。
男と為っても女と為っても、
その相手は簡単に私の虜になった。
“人”と謂うのは実に単純。
色恋の真似事でそれを手玉に取るのは
容易く優越感に浸れる遊びだ。
何百年越しか、それをやってみたくなった。
*