長文【零】

□序
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むかしむかし


人里離れた山奥の、そのまた森の奥深く


川を渡ったその先に小さな社が有った


噂によると治癒の神が奉られており どんな病をも取り去ってくれるとか…


最寄りの集落から大人の足で歩き続け 丸三日は裕にかかる


それに加えて悪路も悪路


山越え谷越え川越えて


運が無ければ命を落とす


辿り着く事すらできぬ険しい道であった


それでも御利益を賜ろう と多くの人が神を拝みに訪れた


だがある時、社へ続くその道の
最後の最後の先にある
川に架かる橋が、百年に一度の大嵐によって決壊してしまったという












そんなこんなで時は過ぎ


辛い試練を乗り越えそこへ出向く輩はとうにあらず


麓の集落へと水を運んでいた川の流れすら枯れゆき 奉られた神の存在もまた人々の噂話と為りつつあった












とある冬の日、
一人の男が行商の旅路の途中、社の麓にある集落へと宿を求めて訪れ、村人からその噂を聞き付けた。



二つ山越えた人里のわりかし大きな町で反物問屋を営む中々の富豪である
だが怪しき噂も無く、人望厚い、悪行とは最も縁遠い誠に清い男


そんな男にも悩みが有った


齢、十八になる彼の娘が どんな名医に診せても治らぬ奇病を抱えていたのだ


娘の額にはぐるぐると巻かれた白い布


その下に 有ってはならぬモノが有る






男は、自分の町へと戻り春を待つ。


本当にたどり着けるかもわからぬ長い道程では有るが、
此も可愛い我が娘の為と、妻と娘を連れ 旅立ちを決意した。

家業は信頼できる者に任せ、
名乗り出た何名かの奉公人を供にし、
桜の満開の時分に遂に街を発ったのである。





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