長文【零】

□張られた糸
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窓から射し込む月光を雲が遮るまで、
男は何も言わず私を見詰めていたが



「…丁度、良い時分だろう。」



そう言って部屋を出て行く


私は先刻見た夢を振り切るようにして
男の後を追った。














石造りの大きな蔵の前に立つと
黒紫の煙が渦巻いているのがはっきりと見えた



「……居る。」



「ああ。…開けるぞ。」



叢雲を振り抜き、雲間から時々降り注ぐ光を反射させ



重厚な扉の閂を蹴り上げた



中に足を踏み入れると、
確かに気配は有るのにその姿が無い



「………何処だ?」



警戒しながら天井を見上げると、
複雑に組まれた梁の間に何重にも張り巡らされた蜘蛛の糸に絡め捕られた女の躯が、不気味に揺れていた 。



男は静かに二本の指を立て
何とも言えぬ艶かしい動きで、くいっ と
曲げる



ひとりでに開いた木箱の引き出しから
白い蝶の様な形をした何かが無数に飛び出し、その指先に操られる様に蔵の床に列を成した。



「何だそれは…。」



「…天秤、ですよ。これで蜘蛛の居場所を、特定する。」



そう言い終えた瞬間に天秤と呼ばれた
個々の両側から紐で括られた鈴が、
一斉に、ちりん …と降ろされ



更に一つ一つが回転しながら
ばらばらの方向に傾き、鳴り止まぬ不規則な鈴の音が蔵に響いた



「……どういう、事だ…!?」



焦りの色を浮かべる男が言いながら例の札を操り
正面、左右、天井の梁に至るまで、
可視出来る範囲全てに飛ばす



対象の面に貼り付くと
一瞬にして赤黒く染まり、じゅっ と、
音を立てて消滅し



真っ暗い空間の壁という壁から
漆黒の小波が押し寄せる



「…………来る。」



男は退魔の剣を構え、闇を睨む



不規則だった鈴の音が徐々に揃い始め



ばらばらだった天秤の動きが統一され、
それぞれがある一点に傾いた



その方角を見上げる



天井から釣り下がっていた躯が
そこへ集まる闇に取り込まれ、
紫色の障気が包み膨れ上がって
遂にその姿を現し、正面に降り立った







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