長文【零】

□張られた糸
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瞼眩に感じる眩しい陽光に顔を顰め、
すっかり軽くなった体を起こす



部屋には自分ひとりだった。



………はあ。やっぱり。



関わるな、と言ったのに



寝乱れた着物を手早く直し
立ち上がり木箱を背負った途端、
部屋の襖が勢い良く開け放たれた。



「お!起きたな。丁度良い、土蜘蛛の正体が分かったぞ。…何を突っ立ってる?ほら、ちょっと座れ。」



そう言って自分の横をぽんぽん と、叩いた。



…やれやれ



ふう 、と溜め息を吐いて
一度背負った荷を下ろし
腕を組んで鳶色の瞳を見た



「何だその顔は…。お前が寝てる間に行って来たぞ。情報収集にな。」



得意気な顔で含み笑いをしている
…何と言って欲しいんだか。



「………で、土蜘蛛の正体、とは?」



下手に口を出すと、突っ掛かって来る。
そう思い、答えを急かした



「まあ、そう焦るな。先ず昨日の女の所に行ったんだが、もぬけの殻だ。
あの家の天井に蜘蛛の巣が幾つも有ったがやはり何の気配も無い。
その後、男を捕るのが狙いなら、と踏んで女郎屋に向かった。
それで…番頭の男共に部屋を見せろと頼んだが、駄目な物は駄目だと強情を張るので、騒ぐ奴等を
こう…さくっと…やってな。眠って貰った。」



強情は、あんたの方だ。
その上“さくっと”とは一体…?
そう思ったが口を挟まず黙って聞いた。



「そうして全部の部屋を回ろうとしたら三つめで呆気なく見付かった。
…丁度最中の男女が居たんで直ぐに分かったのさ。
真っ暗い中に叢雲片手に行ったせいか知らんが、その二人は私を見るなり泡を吹いて倒れた…大した騒ぎにならずに済んだから良かったが。」



番頭を“さくっと”やって、
部屋に乱入している時点で騒ぎを起こしているだろう…と思ったが、再び口を挟まず黙って堪えた。



「男の首筋にはお前のと同じ噛み傷が有った。それを確認してる間に女の腹が見る見る黒く膨れて腹の皮膚から蜘蛛の子が…………………。
一気に…ぶわー!!!と沸いてな……もう気味が悪くて仕方が無かったぞ。
…はあ。…昨夜私が寝たままいたら……あれが私の腹から出てくる所だったんだぞ、お前のせいでな。……うっ…。」



ぶるり と、身震いしてから嫌そうな顔をした。



…そんな目で見るな。



被害が及ばなかったのだから良いだろう、と思ったがやはり口を挟まない事にした。



「それでだ、その蜘蛛の子は店の裏手に有る竹藪の方角に一列になって向かって行った…。
竹藪の奥に石造りの巨大な蔵が有ってな、中に居るだろうと勇んで入ったが…妖気がぷんぷん立ち込めているのに空っぽだ。」



…随分と良く喋る。



近頃は楓の事で塞ぎ込んでいたのに
何か良い事でも、有ったのか?



だがいつまでも蜘蛛の正体が出て来ない…
痺れを切らして口を開いた



「…で、正体は何なんです?」



退魔の剣が箱の中で、かたかたと鳴っていた。



「斬首刑にされた女だ。蔵の中に残る気と、僅かな思念を辿った。
絶命する時の…凄惨な光景を見せられて卒倒しそうになったぞ…。
だが、待てども待てども肝心の土蜘蛛がさっぱり現れんのだ…。
あれだけいた蜘蛛の子も一匹として見当たらんし、一体何処に…。」



成る程。



「………その蔵が根城で、間違い 無さそうだ。それだけ分かれば上出来、ですよ…。」



そう言ってちらりと様子を伺うと、
鼻で笑って勝ち誇った様な満面の笑みを見せた。



…調子に乗っている様だ。
だが、今回は許してやろう…



「今はまだ、早い。夜を待って…そこへ向かう。」



「ああ…。」



魔とは夜に動き出すモノだ…。



如何にして形を為したのか、と思いを巡らせながら
暮れる空を待った。








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