長文【零】
□張られた糸
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…蜘蛛、…毒、…首筋の噛み傷。
土蜘蛛か
だが土蜘蛛というモノは、大概、女を好む
自らは人の男に化け
女の首筋に毒を注入し、色狂いにしてから捕食する
何で男を捕ろうとしたのだ?
大体何でこいつは一人で行ったのか。
恐らく昼の情報収集で何か掴んだのだろうが、
酒に酔ったからと言ってそう簡単に罠に掛かる様な奴ではない。
あの家に居た女が黒幕か?
未だ収まらぬ激しい呼吸を漏らす男を見ながら、考えを巡らせた。
*
ぼんやりと揺らめく炎の灯りを感じ、
目を薄く開くと
鳶色の瞳がこちらを見下ろして口を開いた
「…まだ毒気が抜けていない。今は動かない方が良いぞ。蜘蛛の障気は半日もすれば消える。寝て居れば治るさ。」
そう言って白い腿を惜し気もなく晒し
片膝を立てて煙管を銜える
催淫の毒が体内に回り、熱が出ているせいで視界が少しぼやけていたが、
目に映るあの腿に…そして首筋に、噛み付きたい衝動に駆られる。
その横顔は煙を ふうっ、と吐き、声を発した
「お前、何故一人で行った。」
僅かに隙間の開いたその唇に向かう欲望を何とか押し殺し、声を絞り出す
「……蜘蛛の、繁殖期 らしい。」
瞼を掌で覆い、声の平静を保った
「繁殖期?…ふうん。それで男を。蜘蛛は人型か?」
あの女は只の“人”だった
「…さあね。本体は、見ていない。」
あの場所に何か気配を感じていたが、
女が“人”である事に油断した
「ふん。ではお前は何にやられた?
酒に酔って、女を抱こうとした所を噛みつかれでもしたのか?」
間違ってはいない、が…
「…まあ。そんな所だ。」
噛んだのは降りて来た小さな蜘蛛
「……ふっ。馬鹿め。どうせ自分から罠に掛かって糸を手繰り寄せよう等と、回りくどい事をしようとしたのだろう。
昼間のあの女か…?怪しいモノは視えなかったがな。」
…中々鋭い。だが本体を斬るには“糸”を辿る他無い
「…あんたは、関わらない方が良い。」
あれに近付くべきでは無い
「はあ?ふざけるな。この前ので大分力を持って行かれた…。近くに餌が有ると言うのに、喰わずに居られる訳が無いだろう。」
蜘蛛の狙いは恐らく
毒を帯びた種を孕んだ女
「あんたの為、だ。」
その上、女が噛まれると非常に厄介な事になる
「何がだ!私があの程度の小物にやられるとでも思っているのか?お前が何と言おうと私は行くからな。」
…はあ。困ったものだ。
まだ収まらぬ欲を目を閉じて紛らわせ
明ける空を待った。
*