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□DQ8
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「魔物が出た」と騒ぎを聞きつけたとき、ユリマはちょうど夕食の仕度で水を汲んでいる所だった。

「危ないから、ユリマちゃんは早く家ん中入ってな!」

そう言いさした近所のおばさんが、自分はいそいそと広場へ向かっていった。それに倣うかのように、ユリマも駆け出す。バケツがひっくり返り派手な音をたてたが、全く気にもとめなかった。

頭の中は夢の中で聞いたお告げの事でいっぱいだった。広場への階段を駆け下りようとしたが、仰天した街人に慌てて止められ、仕方なく橋の上から身を乗り出して下の様子を窺った。
ぶ厚い人だかりの輪が、一人の小柄な姿を取り囲んでいるのが見える。その傍には純白の馬と小さな馬車があった。

ユリマは必死に目を凝らす。みすぼらしい上着を身に着けた小柄な者は、緑色をしていた。自分たちを遠巻きにする街人を見回す姿はおろおろと不安気で、そこには凶悪な武器も、鋭い爪や牙もない。


人でも、魔物でもないもの。思わず手で口を覆う。

ただの夢じゃなかった。わたしは未来を知ったんだ。―ちょっと違うけど、まるで父さんみたいに。
少なくとも神さまは、そう示してくれた。ユリマは胸の中が暖かくなっていくのを感じた。

あまりの事にぽーっとしたユリマは、その人でも魔物でもないものがいじめられっ子よろしく投石にうずくまる哀れな様子に気付かなかった。果ては傍にいた綺麗な馬が緑のものをかばうのにも、「あぁやめろ、姫に当たる!」「邪魔だっ!どけどけゴルアァ!」と怒声をあげて二人の人間がその場を回収しに現れたのにも気付かなかった。
はっとした時には、人々の厳しい「出て行け」という声を背に馬車は街壁へ向かっていた。
ユリマは大慌てで、再び走り出した。





小さな頃、ユリマにとって父親は「あんまり売れない占い師」だった。
周りの大人たちは父に呆れているし、ユリマに同情している。しかしユリマにとっては優しくて大切な、たった一人の家族だ。たとえぱっとしない占い術の持ち主でも、そんなのは全く関係ないし気にならない。

そんな生活の中、たまに首を傾げる事があった。

何故か父の元には、遠く海を渡ってまで訪ねて来る客がいた。ごくたまに、決して絶えることなく。彼らは一様に敬意と期待のこもった態度で父に占いを頼むのだ。

「あなたがどんな探し物もたちどころに探し当てるという高名な占い師、ルイネロ様ですか」

街の人とはあまりにもかけ離れた態度だった。しかしそんな客人に、父はいつも冷淡に接した。

「そいつはわしの師だ。わしはルイネロ2世だ」とデタラメを言ったかと思いきや、別の客には「わしの全盛はとっくに過ぎたわい。それでも良いなら占ってやらんでもない」などと言ったり、あるいわ「ムム…ムムムムッ!……なんも見えんわい。おかしいなハテ?」などと言って彼らを落胆させていった。
そして彼らが去ると、父は決まって彼ら以上に憔悴し肩を落としているのだった。

ユリマはそれが切なかった。そして、不思議だった。もやもやとしたその疑問が解消されたのは、ほんのつい最近。偶然耳にした誰かの会話によって、あっさりそれを知った。
すっきりするどころか、それは重く暗く、ユリマに覆いかぶさる事になった。




「もしもーし」
「おぉい、嬢ちゃん。来たでやんすよー」

どこかで声がして、ユリマはぼうっとした頭を起こした。いつもの家の中、机に伏して居眠りしていたみたいだ。目をこすり、ようやっと見慣れぬ二人組がそこにいるのに気づいた。
その顔を見るや否や、ぱっと完全に目が覚めた。

「あっ、本当に来てくれたんですねっ?」

ぺこぺこと謝ると、一方はホッとした顔で首を振り、もう一方は「人を呼びつけて寝るとはな!」と呆れて言った。人でも魔物でもない緑色のおじさんと共にいるのは、これまたちぐはぐな人たちだった。
優しげな顔立ちのハチという方はユリマと同い年ほどの旅人で、しかし緑色のおじさんを「王」と呼び敬語で喋っていた。いかつい人相のヤンガスという方は明らかに堅気ではない格好で、しかし自分よりずっと年下に違いない隣りのハチを「兄貴」と呼びしたっている。

色々と訊ねたくなる所のある二人組なのだが、これ以上失礼な態度をとるのは申し訳ないので、話を切りだした。矢先に泥酔して帰ってきたルイネロがその気使いを粉砕したが、二人からの返事はこうだった。

「やってみるよ」
「兄貴がそういうんなら、俺もいっちょやるぜ」

ユリマは舞い上がる気持ちだった。旅路を無理に引き止められただろう彼らには悪いけれど、これでやっと、父が元気になるかもしれない。自分の占いによって誰かを笑顔にする父。それこそが、ルイネロの本来の姿なのだとユリマは信じて疑わなかった。(今は頭上で大いびきを掻いているけれど)

―もし水晶球が戻ってきたら、今度こそ言ってあげられる気がする。

己の占いで救ったのが良い人だけでないのだとしても。誰かを苦しめたり悲しませたり、死なせてしまったのだとしても。自分は確信をもって言える。父さんの占いは、人を助けて、笑顔にするためのものだと。

―私が、ちゃんと言ってあげなきゃ。そうすれば、きっと。

「にしても嬢ちゃん。アンタ本当に、あのオッサンの娘っこか?」

おもむろにヤンガスがすっぱりと物申した。考え事から我に返ったユリマと、2階から垂れ流されるいびきの方を交互に見て言う。
「似てねぇな」

いつもは心の中が暗くなる言葉に、ユリマはとびっきりの笑顔を返した。



「それでもわたしは、占い師ルイネロの娘ですよ」










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