s o n o t a

□DOD
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 いつからか、何もかもがおかしくなっていた。

 どうしてこんな目にあったのだ、とか。
 必ず仇を討ってやる、とか。
 いつかきっと取り返してみせる、とか。
 ただ憎い、とか。

 ひたすらそんな風だったと思う。ほんの初めは。



―だって、許されていい筈ない。

 奴らは一人も、生きていてはいけないのだ。駆逐されなければいけないのだ。当前のように武器を持ち、己を、あまつさえ妹を、親友を、部下たちを手にかけようなど。そんな事は許さない。絶対に、許せない。

 だから首を刎ねた。
 手足を切り飛ばした。血溜まりに足を滑らせながら。背を突き刺し、腹を切り刻んた。自分も自分以外も、みな揃って真紅をかぶった。悲鳴をあげる口に剣先をねじ込んだ。死体が積み上がっていった。命を抉りだした。持てる全ての力で。

 他にどうしようもないから。そうする事でしか、感情を治められずにいたから。
 そうしていつからか、他にどうしたくもなくなった。

 飛沫を上げ動かなくなる姿に、満たされた。
 口にするもの悉く、血の味がするようになった。
 肉や骨を断つ感触に、笑みがこぼれた。
 命のやり取り以外、何も考えずに済んだ。
 
 それさえあれば、救われている自分に気がついた。



―楽しそう


 ある日、夢を見た。自分の前から消えてしまったはずの姿が、そこにあった。


―楽しそうでいいなぁ。お兄ちゃん。私も行きたい


 フリアエは最後に見たときのまっ白な服を着ていた。しかしその佇まいはあの頃のものだった。ほんの少し拗ねたようにして、自分の前に立っている。


―私もそれやりたい。なのに、お兄ちゃんばっかり、ずるい


 哀れな妹。
 臆病で、優しくて、無力な。たった一人の妹。


―ずるい ずるい ずるい


 かわいそうなフリアエ。











 初めて兄に贈ったのは、取寄せた異国の書物でも高価な装身具でもなかった。
 城の庭に咲いていた、ただの植物。小さな花の輪だった。

 これはイウヴァルトの分。これはお兄ちゃんの分。明るい友だちには赤を、優しい兄には黄色を、それぞれ拵えて渡した。

 窓辺の机で書き物をしていた彼は、入って来たのが妹だとわかると手をとめた。「付けて」と渡すと、はんなり微笑んで黄色の輪を受け取る。ありがとう、と言って指に通した。

 触れた指はとても温かかった。



 それからずっと後。二人で短い旅をした。

 引かれた兄の手に、温もりはあった。しかし、ちっとも温かく感じなかった。感じられなかった。もう片方の手が、ひと時も放さず剣を握っていた。
 二人はよく悪夢を見て飛び起きた。一度も笑わなかった。

 ある日、立ち寄った土地に、見た事の無い花がたくさん咲いていた。
 色とりどりの野生の花たちは無節操に広がっている。風が吹いて一斉にそよぐ様は、人の手が整えた庭園とは違う美しさがあった。綺麗というより、どこか力強い。

 旅慣れのしない身体を休める間、花たちの一つで小さな輪を作った。黄色でも赤でもない色を選んで。
 18回目の誕生日。兄は何一つ受け取っていなかった。

 拒絶されるだろうか。いらない、と怒鳴られるだろうか。でも意を決して、それを贈った。

「付けて」

 少し間があいて、黄色でも赤でもない花は、その手に渡った。うつむいたまま上げれずにいる頭を、そっと撫でられた。
 刻まれた記憶は、だから、ありがとう、の一言だけ。
 仕草の一つ、表情の片鱗すら、見ていることができなかったのに。


 あの時はどうして、あんな勇気があったのだろう。














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