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□序盤戦
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横森真紀(女子20番)はただ茫然と、勢いよく倒れていくクラスメイトを見ているしかできなかった。

部屋中が、再びパニック状態になった。それまで何とか耐え抜いていた数人の女子も、こらえきれずに泣き出した。吼えるような絶叫や恐怖の悲鳴がいくつも上がる。
しかし、北島智見(女子3番)はもう、一切動いていなかった。大量の赤い血だけが、首からとめどなく流れ続けている。

「トモ!」
「ともみ――ッ!」

そう叫んで立ちあがったのは、矢部樹弘(男子一九番)と南小夜(女子一七番)だった。そのはるか前方で、蒼白な顔をして智見に駆け寄ろうとする藤岡圭太(男子一五番)が見えた。

――ああ、だめだ。

そう思ったのは、三人の軍人が一様に拳銃を構えていたからだった。そして再び、あの音がした。お腹の底にまで震動がくる、どん、という銃声が三つ。

小夜が悲鳴をあげて、その場に立ちすくんだ。樹弘も身体をこわばらせ、ぴたりと動きを止めた。圭太は、どさりと倒れこんだ。銃弾は小夜の足元の床に、樹弘の背後の壁に、そして圭太の左肩にめりこんでいた。
恐怖と驚愕の絶叫が、また部屋に充満した。

「はーいはい。みんな静かに、しずかにしなさーい」
父屋が一括した。そして困ったように、三人の軍人を見る。
「まったく、母さん。だめだよ殺しちゃあ。正確なデータが取れないじゃないかぁ」

そう言いながらも、父屋はにこにこと先程までの笑顔を崩さない。智見を射殺した母沢は平然と知らん顔をして「だってあなたにひどい事してたんだもの」などという。それを聞いた父屋は顔を赤くして「いやいやいや〜まいったなぁ」と呟いた。

誰かに対してこんなにも、死ねばいいのに、と思ったのは生れてはじめてだった。

樹弘は歯を食いしばり、殺気立った眼で父屋達を凝視しているし、小夜はその場にへたり込んで、目からいくつもの涙をこぼしていた。圭太は肩から血を流しながら、茫然と少女の死体を見つめている。
みんな、魂の抜け殻になってしまった智見をいれて、いつも一緒にいる仲良しグループだった。

――ひどい。

「えー、おほん。そろそろルール説明に戻りたいんだけど、さすがにこうウロチョロ勝手されちゃやりずらいなぁ。とにかく、席つけな。美島、紺野を自分の席につけさせてくれ。二宮、江口、藤岡起こすの手伝ってやって。ホイ!」

名を呼ばれると二宮咲枝(女子10番)はひきつけのように飛び上り、縮こまって硬直してしまった。美島恵(女子16番)はびくっとしたが、先ほどから自分に張り付いて離れない紺野美香(女子4番)にそっと話しかけた。立ち上がって、美香の席へ一緒に歩いて行く。ほぼ同時に江口修二(男子4番)も動いていた(修二と咲枝は、圭太の両隣の席だった)傷付いていない方の肩をかかえて、ほとんど引きずるようにして圭太を椅子の上におさめた。圭太は愕然としたまま、智見から目を離せないでいる。

樹弘と小夜は、そこから動こうとしなかった。真紀の頭に、再び警報が鳴り始める。

「矢部―。南ー。はやくしなさーい」

父屋は笑顔のまま言った。その声音も目も、笑ってはいなかった。その冷たい笑顔を、二人はじっと睨み返している。ぐつぐつと沸騰している怒りが、二人に他の何をも感じさせていないようだった。父屋は軽く溜息をついて、片手をあげた。

「先生」その時、真紀のはるか左側で声がした。「ちょっと、いーですか」

ぜんまい仕掛けの古人形のように、首をそちらに向ける。石黒隆宏(男子2番)が手を高々と上げているのが見えた。

「ん?石黒か。どした?」

隆宏はすっと立ち上がる。数学やら何やらの授業で先生に指された時に見せる動作と、何も変わらない。無表情の横顔。

「俺たちはさっきからまじめに聞いてるし、今からもしっかり先生の話聞くよ。だから撃って黙らせるってのは、もうしないでほしいんですけど。先生たちだって困るだろ?プログラムってのは生徒同士でやるんだから。先生たちがばかすか撃って人数減らしたら、意味ないじゃん」

父屋は一瞬、呆れたような表情をしたが、すぐに崩してにっこり笑った。

「うん。うんうん。いいねいいね!石黒は大人の事情をちょっとはわかってくれてるなぁ。すごいすごい。わかりました!もう銃は使いませんよ。けどもし、今からこの教室で北島みたいに癇癪起こしたり、矢部や南のように言う事聞いてくれない子がいれば、最初に石黒が死にまーす。な、石黒」

隆宏は凍りついたように、一瞬沈黙したが、すぐに返事をした。
「はい」
その声は一つもとりみだしてない。そうして、ぼーっと隆宏を見つめる親友二人をふりかえる。「樹弘。小夜ちゃん。座れ。マジたのむわ」

どうしてこんなに落ち着いているのだろう。一体、どうやっているのだろう。真紀にはわからなかった。小夜と樹弘は言葉もないようで、やがてのろのろと自分の席に着いた。誰も、何も言わない。




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