OBR

□序盤戦
6ページ/32ページ








いきなり大きな動作をとったからか、それとも自分のしてる事への緊張か、胸の中が強く振動しているのがわかった。深く息を吸って、吐く。抑えようとするためではなく、そうしないと、言葉すら出せないほど怒りでわなわなしていた。
 「ばかは、そっちでしょ」
 ポツリ、ポツリと音が止み、やがて静寂がおとずれた。しゃくり声一つしない、氷のような沈黙。
 「何がプログラムよ、あんたたちと一緒にしないで!人殺しなんてそんなの、できるわけないじゃない!」

 いきなり立ち上がり、喚き出した生徒に三人の軍人は、さっと銃を抜いた。だが父屋は片手をあげて彼らを止めると、足元に転がった智見のバックを拾い上げる

 「・・・・そーうか。どこかで見た光景だと思ったら、君は北島だね?やぁやぁ、お母さんそっくりだなぁ」
 先ほどとは比べ物にならない、掛け値なしの恐怖が智見を襲った。足元から上へと、瞬時に力が抜けていく。
 「よく言われるだろうな。いやいやいや。みんなの父兄や保護者さんには一通りごあいさつしにいったからさ。その時お会いしたんだよ。北島のお母さん、プログラムは快く思ってくれなかったみたいでなー?ほとんどおんなじこと言ってたよ。いや、それ以上の剣幕だったなぁ、あれは」
 智見のバックを手に、にこやかな悪魔はすたすたとこちらへやってくる。智見は棒をのんだようにそれを見守っていた。
 「臨月もせまってたみたいだね。そのまま倒れて、入院されたんだよ。こう言ってはなんだが、あの人は母親失格だね。身重の体を顧みずに、あげく子ども流しちゃうなんて」

 一瞬、頭が真っ白になった。
 次に思い浮かんだのは病室だった。実際に行ったことはない。それは智見が何度も想像していた、弟と初めて会うであろう部屋。その部屋に、両親が座り込んでいる。
 父親と一緒に、名前をあれこれ考えた。母親に赤ん坊の抱き方を教わった。それらひどく昔のこと(のように思える)が甦る。
 
父屋はまだ何か言ってるが、全く聞こえてこなかった。びりびりと麻痺した頭は、瞬く間にどす黒い何かに塗りつぶされ、ぐちゃぐちゃになった。
そう認識した時には、目の前でバックを差し出す男に、智見はつかみかかっていた。誰かが何かを叫んだ気がしたが、自分も叫んでいるので気のせいかもしれなかった。
くそ野郎。なんて事を―-なんて事を。

どんっ、と大きな音がして上半身に生まれて初めての衝撃が走った。
あまりの衝撃で、ちょうど鎖骨の上あたりから来る激痛を、智見はほとんど自覚せずにいた。そのまま吹き飛ばされあお向けに倒れこむ。その反動でがぼっと口から何かが大量にあふれ出た。あぁ、汚いな、と頭の遠い片隅でおもった。

思うと、重苦しい悲しみが雪崩のように押し寄せて、目からも生暖かいものがこぼれた。

――お父さん、お母さん
今すぐ、とんで行って会いたかった。無事だろうか。怪我をしていたらどうしよう。取り返しのつかない怪我をしていたら。恐ろしくて、その先を考えられない。
――こんなことなら・・・
最後に、弟の名前くらい呼びたかった。
惚れた男の子もいない智見にとって、まだ見ぬ弟が一番気になる男の子だった。名前の候補はいくつかあがっていたが、本当につけるのは産まれてからにしよう、とみんなで決めていた。智見のときと同じように。
おかげで、誰にもなれないまま、彼はこの世から消えてしまった。

こんなことなら、名前くらいつけてあげられればよかったのに。

智見の意識は、そこで、ふっつりと消えた。
 


【残り 39人】






.

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ