OBR
□序盤戦
27ページ/32ページ
10
その部屋は、一目で何をする場所なのかがわかった。理科で使うような実験室だ。
大学の実験室といえども、中学のそれと大して変わらないのだろうか。ちらっとそんな事を考えながら、野沢頼春(男子13番)は部屋を見渡す。人気が無いのをざっと確認して、そこに身をすべりこませた。
寮を出発して、そろそろ半時が経ったろうか。あそこはもう、禁止エリアとかいうのになった筈だ。自分が出てから数十分で首を吹き飛ばされる場所だと聞かされれば、駆け出さずに入られなかった。
それも園辺優紀の無残な姿を見て、頭から吹き飛んだのだけど。
頼春にはクラスの誰かが人を殺したなど、とても信じられなかった。それも他人などではなく、同じ学校のクラスメイトなのだ。自分の命がかかっているとはいえ、あんなに、あっさり。
きっと何かの間違いか、政府のクソッタレどもの仕業だ。
頼春は仲のいいクラスメイトを思い浮かべる。村上幸太郎(男子18番)、梶原亮(男子5番)、鎌城祐斗(男子7番)に星山拓郎(男子16番)は、今どこでどうしているだろう。(拓郎は秋山ちゃんと一緒だろうな、きっと)何とかみんなと合流できないものだろうか。
逃げだすにしても何にしても、(他にどうするというのだ)こんな状況に一人きりでいる事に耐えられそうになかった。出くわした生徒に片っ端から声をかけるのはさすがに躊躇われるが、あの4人には探し出してでも会いたかった。
その時、かちり、と音がした。
遠いどこかの物音ではない。明らかに、この部屋だ。頼春のいる所よりさらに奥。それはスイッチを押すような、小気味のいい音だった。
誰か、いたのだろうか。先ほどクラスで人殺しなどいないと信じたはずなのに、頭がまっ白になった。(そういえば、さっきドアは少し開いてたかもしれない。いや、全く気にも留めてなかったからわからないけど)頼春は石像のようにがっちりと身を固めて、目だけで辺りを見渡した。
2列に並んで部屋を横ぎる作業机。ガラス張りの戸棚。うねるガスホース。それらに混じって、見慣れた学生服姿が床に座り込んでいた。ブカめの黄色いパーカーをかぶった指定違反の自分と違い、ちゃんと学ランを着ている。
頼春はその横顔に、極力驚かさないようそっと声をかけた。
「・・・江口?」
江口修二(男子4番)は自分の手元から一瞬でこちらに振り向いた。そのはじかれたような動作を見ると、頼春には今の今まで気づかなかったようだ。強張らせた肩の下、その右手には何故かチャッカマンが握られてる。
「・・・野沢か」
そう言った修二の表情は硬かった。何しろお互い、殆ど話すことの無い間がらだ。頼春はとっさに笑顔を浮かべたが、自分でも判るくらい引きつったものになった。・・・むしろ真顔のほうが良かったかもしれない。
ともかくこんな空気は、よくねっしょ。
「よぅ、なんつうか・・・久しぶり?・・・でもないか」
相手は表情を変えない。睨むでも、笑うでもなくじっとこちらを見ている。
頼春は懸命に落ち着こうと努めた。こういうのは大の苦手なのだが、できるだけ慎重に言葉を選ぶ。
「言っとくけど、おれは例の物騒なことなんてさらさらやる気は無いから。ほら。何にも持ってないし」
そう言ってはじめて、頼春は支給武器の事を思い出した。肩にあるデイパックはまだあけていなかった。広げた両手に目をやる修二の表情がいくぶん和らいでいくのがわかった。やっと口を開く。
「・・・それが本当なら、助かった。こっちは身を守れるものが無いんだ」
そう言って、チャッカマンをひらひらと揺らす。頼春は思わずぽかんとした。
「もしかして、それが武器?そんなのが?」
「ああ。おかげで呆れ果てて、野沢に気づかなかった。最悪だな」
政府の連中はふざけているのだろうか。そんなもんでどうしろというんだ。チャッカマンから修二の顔へ目を移して、そっときいた。
「江口はどう思ってんの?このプログラムをさ」
修二の返答は、さらりとしていた。かちん、と音がして、チャッカマンの先に頼りない火がともる。
.