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□序盤戦
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奈緒は本当に悔しそうだった。ケータイから今度はパソコンの画面に目を移し、「あと五分・・・」と恐ろしい事を呟いている。あちゃぁ。拓郎は慌てて、その手を牽いた。
「何言ってんだ!もたもたしてちゃ危ないんだぞ。諦めろってば、ほら!」
足元のカバンを拾い上げ、部屋の出入り口へ歩き出す。引っ張られて一緒に歩きながら、奈緒はじっと拓郎の顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「そうだよね。そう・・・切り替えなきゃ・・・ごめん」
「何度も謝んなって」
拓郎はホッとして思わず笑う。その勢いで口から冗談がついて出た。
「そんなにパソコン好きならさ、俺のこと今日からPCとかウィンドウズとかって呼んでいいよ。どーぞご自由に」
すると奈緒は、小さいながらも笑顔を返した。よかった。
「さむいよ、それ。それにタクは、タクが一番いいよ」
「いやぁ・・」
「短くて呼びやすい」
「あ、そうすか」
珍しくカレカノらしい事言ってくれたと思ったら、余計な一言を。慣れているとはいえ、たまに奈緒のさばさば具合にどうしようもなく不安にさせられる時があった。果たして自分は、ちゃんと彼氏として見てもらえてるのか、とか。いつも騒いでるだけの落ち着き無い自分に、奈緒のような頭のいい人はつり合わないのでは、とか。
まぁたいてい、こういう冗談風にして笑い飛ばしてるんだけど。
そっとドアを開け、外の様子をうかがう。廊下には誰も見当たらない。
「そうだ、タク。ケータイの電源きっといたほうがいいよ。多分無いと思うけど、あの政府の連中がかけてくるかも知れない」
奈緒は拓郎の袖を引っぱって言う。元のきびきびした口調だ。
「もしじっとしてなきゃいけない時に、鳴らされたりしたらたまらないでしょう?どの道、気分悪いし」
「ああ、そっか」
拓郎は顔をしかめて、ケータイを開く。電源を落としながら、音を立てない、じっとしている状況というのを思い浮かべる。それから、今はどこにもいないクラスメイトの顔。
「でもさ・・・みんな、こんなもんにのって人殺しなんか・・・しないよな?」
「わからない・・・私は正直、他の人はあまり信用できない。変に武器なんか持たされてたら、なおさらそう」
奈緒はそこで何かに気づいたように振り返った。
「そういえば、タクの武器って確認した?」
拓郎は支給されたカバンを探り、すぐにそれを取り出した。
小型の弓に、ごつごつした金属の持ち手。そこには銃のようなトリガーがついて、指先一つで矢が放たれるという仕組みになっている。
「ボウガン、だって。矢も結構ついてたよ。なんかジャマくさいけど、結構心強いかもな」
正直こんなものは持ちたくないし、友達に向けるなど論外だ。しかしその反面で、手放すわけにはいかないだろうとは思った。丸腰では、ここから逃げるなんてきっと無理だ。
「なんかあったら、俺がこいつで守るからさ。なっ」
おぉ。何という、今時くさすぎてありえないセリフ。言ってる途中から恥ずかしくなった。照れ隠しにニヤニヤしているしかない拓郎に、奈緒は笑って頷いた。
「うん・・・ありがとう」
さっきよりもずっと、明るい笑顔だった。
「小回りのききそうな、いいやつだね。私のはこれだった」
そう言ってジッパーを開けると、すぐにそれは姿を現した。鈍い黒光りを放つ鉄の棒。伸ばした人の片腕ほどもあるそれは、ひょろりとした大型銃だった。グリップの下から銃身の先にかけてベルトが下がっており、肩にかけられるようになっている。
拓郎はポカンとそれを見つめた。そのままの表情で、自分の彼女に目を戻す。
「・・・ライフルってやつ?」
「ショットガン。イサカM37、だって。かなり重くてあれだけど、まぁともかく」
こくんと一つ頷いて、奈緒はまっすぐに拓郎を見上げた。
「私も、タクを守るからね」
拓郎は何とも言えず、形容しがたくいたたまれない気持ちで、小さくため息をついた。
「イサカか・・・」
しばらくして、やっと言葉を搾り出した。
「なんか、サザエさんに出てきそうな名前だな」
「サザエさん?」
するとさっきと同じ呆れ顔で、奈緒がそう返した。
【残り 38人】
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