OBR

□序盤戦
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 カバンの中に入っていた時計を見ると、十一時半を指している。窓の外は、勢いの衰えた雨模様になっていた。
 衰えたといっても、依然として無数の雨粒は降りそそいでいる。鬱蒼とした木々の緑の部分に、その際限ない雨のラインがくっきり見て取れた。

「タクおまたせ」

 星山拓郎(男子16番)はひそめた声に振り返る。寮を出てからずっと一緒にいる秋山奈緒(女子1番)が手招きしていた。拓郎の彼女は青い顔で、だがいくらか落ち着いてそばの机についている。彼女の前には、一台のノートパソコンがあった。

「おぉ、すげー」
 拓郎はその画面を見て、目を丸くした。
「ついたんだな」

「うん。バッテリーが残ってたみたい。これが切れたらお終いだけどね」

 この建物の電気も水道も止まっているのを、二人はすでに確認済みだった。奈緒はどこか手馴れた調子でキーボードを叩いてるが、拓郎は画面を見てもチンプンカンプンだった。ただの英数文字の羅列。

「えーと、壊れてんの?これ」

「たぶん平気。それより、上手くつながるといいけど」

「つながるって、ネット?」

 できるのだろうか。天才奈緒ちゃんがパソコンを巧みに操り、悪漢どもをけちょんけちょんに・・・なんかできそうだ。君ならできる!
 しかし奈緒は真顔で「わからない」と首をふってみせた。拓郎の身勝手な期待を、躊躇なく粉砕する。

「でも少なくとも、政府の連中はなにかしらで使ってるはず。もしかしたら、つながるかもね」

「そっか。ネットできりゃ、SOSとかできるよな」

 そういうと、奈緒は弱々しく笑う。

「できるだろうけど、イタズラって思われて終わりじゃないかな。それに今の私たちを助けるって事は、お尋ね者になるって事だよ。どちらにせよ相手にされないと思う」

 拓郎は思わず黙り込む。そうなのだ。プログラムは国に公認された事で、犯罪でもなんでもない。むしろSOSを受け入れて、自分たちを救う方が犯罪。全く、何という話だろう。

「・・・ひでぇよな。どっからどーみても、悪もんははっきりしてんのにさ」

「そうね」 
 奈緒は再び画面に向き直る。
「ここは、悪もんの国だから」

「けどさぁ俺、こんな事になるまで、それでも別にいいや、とか思ってたとこがあんだよな・・・」

 二人の前で、パソコンの画面がぱっと明るくなる。小さな枠が、音もなく次々と現れてく。青白い光と枠のフレームが、奈緒の眼鏡にくっきり反射した。

「仕方ないんじゃないかな。みんなそうだよ。「こんなのおかしい」って少しでも言っただけで、殺されかねないじゃない」

 拓郎は小さく頷く。たった数時間前、クラスメイトの北島智見がそれを証明した。奈緒もそれを思い出しているに違いない。

 奈緒は良くも悪くも、言葉がストレートだった。変にごまかさず、きっぱり。拓郎はとっくの昔に慣れてるが、それを苦手に思っている人はいる。今の台詞だって、智見と仲良しの南小夜(女子17番)辺りがきいたら目を吊り上げるに違いなかった。

「そう思ってた。仕方ない。いつか誰かが何とかするまで、見てみぬ振りしてるしかないってさ。なんか、そのツケというか、シワ寄せっつうのが今ちゃーんと俺に帰ってきた気分だ」

 しばらく二人とも黙りこくった。時々キーを叩く音が、続いたり消えたりするだけになる。

「・・・だとしたら、私もそうだな。誰もプログラムだとか、今のこの国の事とか、望んでいないけどあるのだか、ら、まぁしょうがないやって思ってた。何か、悔しいね。私のせいじゃないのに、私のせいでもあるみたいで」

 奈緒がおもむろに口を開いた。

「でも今は、お国の事でくよくよするより、できる限りの事をしなきゃ。少なくとも、国や自分にブーブー言いながら、人を殺すなんてイヤ。そうでしょ?」

 奈緒の言葉に、拓郎は笑って賛成を示す。
前向きな奴。こんな状況で途方にくれながら、とにかく合流するので精一杯だった自分より、ずっと頼もしいじゃないか。

「そだな。で、ネットで何すんだ?」

 画面に目を戻して訊ねる。普段からパソコンを使ってる奈緒と違い、自分はからっきしだ。手伝えるのか不安だった。

「取り合えず星座占いでも見るのか。俺、山羊座なんだけど・・・」

「見ねーよ」

 ばしっと一言で切り捨てられた。いいツッコミだ、ボケたかいがあったぜ。うん。

「まずはここから逃げるには何が必要か、どうすればいいのかを知らなきゃ。ここ大学だって言うけど、どこにあるかわからないじゃない?とんでもない山奥とか、もしかしたら島とかかもしれない。確かめなきゃ」

「そっか・・・地図とか無いのかな。でも地図なら、その辺にあるかもよ」

「うん。ぱっと見つかれば、一番いいけれど。あまり動き回らずにすんだほうがいいと思う。それに、別に調べたい事もあるし」

「動物占い?」

「この首輪のこと」

 拓郎は驚いて、ボケをスルーされたのも気に留めなかった。



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