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□序盤戦
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どこかで響くその音に、美島恵(女子16番)はびくりと身を震わせた。
 ほんのかすかなものだった。自分のたてる深いため息だとか、身じろぎの音で聞こえなくなるような。でもそれはタイミング悪く、恵の聴覚に届いた。

 空耳だ。気のせいだ。絶対、何かの間違い。呼吸も忘れて石のように固まったまま、しばらく動けずにいた。そして再び、どん、という音を聞く。

 銃声、なの?

 しかも二発。近くはなかったが、それでも関係なく恐怖が押し寄せる。
どうして、撃ったの?間違っちゃったんだよね。それとも、珍しいからちょっと使ってみたかっただけとか?それならいいのに。よし、そういう事にしておこう。

 だから怖がることなんかないのだ。きっと大丈夫。誰も撃たれてなんかない。そう言い聞かせても、体はこわばったままだった。よみがえるのは、坂内邦聖(男子9番)と北島智見(女子3番)の最後。

 ほんの数時間前まで、人生最初の修学旅行を楽しんでいたとは思えなかった。どうしてこんな所にいるんだろう。二人ともなんで、死んじゃったの?そこまで考えて、足元の見慣れぬ廊下がじんわりとぼやけていく。熱をおびた眼から涙がこぼれた。

坂内くんはテニス大好き組みの仲間と笑ってる時も、時々みかけるランニング姿も本当に格好良かった。ともちゃんは明るくてよく周りに気のつく、自分と違いはきはきした女の子だった。二人とも、それほど仲が良かったわけではなくても、まぎれもない友達だ。

 なのに死んだ。殺された。

 悪夢みたい。むしろただの悪夢ならいいのに。恵は何度かそういう体験があった。遅刻して、焦って、目が覚めて、あぁ助かった。と、そんな風に。
 もし現実なら、自分が生き残れるわけがない。

 恵は棒のようにつっ立ったまま、辺りを見回した。広い廊下だった。ちょうど天井も高く広がって、吹き抜けの階段が上へのびている地点だった。所々に植木やベンチが置いてある。
そんな何でもない物でさえ、今の恵には絶望的な風景としてうつった。こんな、全く知らない場所で、家族にも会えないまま、死んじゃうの?そんなの――

 きぃ、とすぐそばで音がした。

 驚きと恐怖で跳ね上がりながら、そちらを振りむく。自分のまっすぐ左側にあるドアが、ゆっくりと開くところだった。
 誰かいる。見つかる。

 そう思ったと同時に、ドアの向こうの人物と目が合った。シャツの上にウィンドブレーカーを着た男子。頭の奥の奥で、それが陸上部の上着であることを思い出した。恵を見てぎくりと動かなくなったのは、飯塚空(男子1番)だった。

 「あ」

 二人は同時につぶやいた。その場におちる、気まずい沈黙。恵はただじっと、空の様子をうかがう他すべはなかった。

 お互い、親しい付き合いは無い。空の方も探るような、どこか怯えたような顔つきでこちらを見ている。何を考えているのだろう。

 この人は、どうするつもりなんだろう。

「・・・きいた?さっきの」

 男の子の低い声。どうせはち合うなら女子の方が怖くは無いのに。ちらりとそんな風に思いながら、恵はその声がこわばっているように聞こえた。緊張しているのだろうか。

「さっきの、銃声だよな」

 とたんに恵の方も、がちがちに身体が硬直していく。

「ち、違う・・・よ。あたしじゃ、ないよ・・・」

「あ、いや・・・わかってるって、スマン。そうじゃなくて・・・」

 恵のひん曲がった言葉に、空の方もしどろもどろになっていた。困ったような、焦ったような顔。たぶん自分だけじゃなく相手も、どうしていいのかわからないのだろう。
 再び沈黙がおりる。警戒すればいいのか、安心していいのかまだわからなかった。けど、今すぐ襲ってくるような感じはしない。恵はおもいきって、沈黙を破る。

「ああの、じゃぁ、私行くね・・・」

「あ、うん。そうか・・・じゃぁ」

 よかった。無事に別れられそうだった。
 一人でいるのはほんの少し心細かったけどそれ以上に、あまり親しくも無い、しかも運動神経の高い男子と一緒にいるべきでないはずだった。

 ホッとしたその瞬間、バタバタと騒々しい足音が(また音でおどされる!もう嫌だ、音なんか)聞こえた。それは背後の廊下から、しかも、だんだん近づいてくる。恵も空も、その場に根をはったかのように立ち尽くし、背後を振り返る。
 角から足音と共に、人が飛び出してきた。

 着くずしたベージュのカーディガンと短い丈のスカート。隣りの空が「尾方?」とつぶやいた。
 恵は、尾方朝子(女子2番)の様子に一目で釘付けになった。女子にしては少し大柄な体格や、派手な化粧に見とれたわけでは、当然ない。





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