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□序盤戦
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名取準(男子12番)は全速力で草地の林道を駆け抜けていた。脳裏に少女の死体が今も焼きついている。

園辺優紀(女子6番)は、明らかに誰かに殺されていた。

本降りの雨の中、抜けきったかのような大量の血(こんなに血液を抱えてんのか、人間は)は空からの水滴にたたかれ流れ出て、玄関口一帯を淡いピンク色に染め上げていた。
準は一目散にそこから離れた。

まさかこんな、人を殺そうとするやつがいるなんて。信じられなかった。

そりゃ、今の状況が笑えない椅子取りゲームのようなものだ。焦った奴が本当に事を起こしたのかもしれない。いかれてやがる。一年以上も、一緒にいたクラスメイトなのに。
じっくり見たわけじゃないが、(とても無理)優紀の首には傷があった気がする。それは、一文字の切りこみだった気がする。

刃物で、友達をあっさりと。
準は身震いした。どうして、そんな事が出来るんだ。

木立の間からのぞく建物の門にたどりついて、準はばしゃん、と足を止めた。
大きな石造りの門に、小さな看板。本当に大学のようだ。背後には今出てきたばかりの寮がかろうじて見える筈だが、とても振り向く勇気はない。

肩で息をしながら門をぬけると、巨大なキャンパスがそそり立っていた。窓という窓が恐ろしかった。さながら、怪物の目だ。勿論それは何の変哲もない作りの窓だけど、そこから誰が見ていてもおかしくない。

準は急いで中に入った。しんと静まりかえった玄関ホールを、適当につっきる。

――あの子は今、どうしているだろう。

横森真紀(女子20番)は最初の方に既に出発していた。一方自分は、最後から3人目。どこで何をしてるのか、目星すら付けられなかった。
口元を掴むようにおさえ、北島智見(女子3番)の死体凝視する姿が、くっきりと目に焼き付いていた。

「名取くん?」

いきなりかけられた声はやわらかだったが、当然準を腹の底から驚愕させた。
 素早く振り向くと、セーラー服姿の細い人影が目に入る。大方の女子がカーディガンを羽織っているが、この子は違った。ぱりっとしたセーラーにひざ下丈のスカートをきっちり着こなしている。

「・・・能登谷さん?」

 整った上品な顔が、しっかり頷く。自分の前に出発した能登谷紫苑(女子11番)だった。辺りには他に誰もいない。一人のようだ。

「・・・見た、よな?・・・園部さん」

みっともない事に、震え声で訊ねてしまう。紫苑は再びうなづく。落ち着いていた。

「ずいぶん、時間が経っているみたいだった。カバンがなくなっていたから、誰かが持って行ったのでしょうね」

 その調子は、全くいつもの通りだった。考え込むように話しながら、ゆっくりこちらに歩いてくる。準は思わずおよび腰になったが、それを見て紫苑は足を止めた。

「ああ、すみません。ハイ」
 彼女は神妙な顔のまま、デイパックの肩掛けを握っていた両手をぱっと広げて見せた。何もない。
 にしてもなんで、そんな落ち着いてるんですか、お姉さん。

「この通りです。心配でしたら、名取くんは武器を持っても構いませんよ。私は、その気はありません」

 ポカンと聞き入っていた準だが、武器、という言葉で少し目が覚めた。そういえば、一人ひとつくばられるとか言ってたっけ。
一瞬紫苑の事も忘れ、デイパックのジッパーを開けた。これからどうするにせよ、身を守るには重要に違いない。

 のはずなのに。バックの中から取り出された物を見て、紫苑ですら呆れ顔になった。

 なんだか安っぽい、ピンクの塊だ。プラスチックの短い棒の先に、ごてごてとうるさい装飾のついたハート。やはりプラスチックの、でかい宝石がそこにどや顔ではめこまれてる。

「それ、武器なの?」

 そうでない事は確かだ。準はセロテープでそれに貼り付けられた紙を見つけ、目を通す。「変身ステッキ 注・変身はできません」とある。とても読み上げる気にはなれなかった。

「・・・三好さんとか、橋本さんだったら、似合うかもな・・・」

 準は無かった事にするように、それをデイパックに押し戻した。くすり、と紫苑はほんの少し笑顔を浮かべて言う。

「確かに名取くんには、少しかわいすぎますね。けれど、よかった」

 紫苑は両手を下ろし、腰に手を回した。その手が前に戻ってくると、何かが握られている。そのきれいな右手よりも小さな、銃。

「それなら、嘘も遠慮もいりませんね」

 え?と返すのと、紫苑が一気に距離を詰めるのとが、同時だった。
 縦に並んだ、二つの穴。その真っ黒な銃口が、準の顔を向いていた。

 思いがけない大きな音が、一発響く。

 紫苑のいきなりの行動に後ずさり、夢中でかがめた頭の後ろ。何かが壁にぶつかり転げ落ちる音がした。

「なん・・・」
 準は呟いて、呆然と目の前のクラスメイトから離れる。銃口がそれを追っていた。

「なんで、何でだ・・・」

 彼女はやはり、落ち着いている。笑顔のまま言った。




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