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□序盤戦
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「あたしね」
教室で顔を合わせるや否や、あの子は胸をそらせていった。心から嬉しそうに。
「おねーちゃんになるんだ」
その数ヶ月後、その子、北島智見(女子三番)はあっけなく死んだ。
「菅野君、まだ本二冊返してないからね」
困ったように笑って、あの子は図書室でそう言った。
「ちゃんと返してね」
その数ヶ月後、目の前でその子、園辺優紀(女子六番)は血まみれで倒れている。
菅野優也(男子八番)は呆然とその死体を見おろしていた。濃厚な臭いがまたもや鼻をつく。
なんで。ぽつりとその一言が頭に浮かんだ。智見はまだ、お姉ちゃんになっていない。優紀はまだ、2冊の本(とっくに期限が切れて、もう題名が思い出せない)を受け取ってない。なのに、なんで。
「優也!」
ひそめられた声だったが、突然それは耳に届く。優也は文字通り、飛び上った。
「落ち着け。こっちだ、優也」
「あたしだよ、ユウ。乃慧と凪もいるよ」
振り向く。自分を見つめ返す、見知りすぎた顔達。優也はそこではじめて、がちがちに硬直した自分の手足に気がついた。
声の主は矢部樹弘(男子一九番)、藤岡圭太(男子一五番)、南小夜(女子一七番)だった。小学生の頃からの縁が続く、一番仲のいい友人たち。
「圭太」
優也はみんなのところへ駆け寄りながら、ひそめ声をかえした。「大丈夫か?肩」
「大丈夫じゃないけどまぁ、大丈夫だ」
蒼白な顔でカーディガン(見たところ小夜のだ)をがっちり巻きつけた肩に手をやる圭太はそう返した。もし自分だったらこんな態度はとれないだろう。転げまわって痛がるに違いないが、さすが圭太だった。いつも通りとはいかないながらも、幾分しっかりしている。
優也はぼんやりとみんなを見回す。「園辺が・・・」かすれ声しか絞り出せない。
「あれ、園辺だろ・・・どうして・・・」
暗い面持ちで、全員が顔を見合わせる。別の声が震えながら答えた。
「あたしが出てくる、ほんの直前・・・鎌城くんたちだったらしいの・・・優紀はちょうど二人の間に出発してて・・・」
そういって、高原乃慧(女子七番)は首を振る。その側にいた渡辺凪(女子二一番)が、そっと肩をたたく(凪の膝の上には、何やら金属の小箱が置かれている。ずっといじっていたようだ)。
小さくうなづいて、そのさらに横の石黒隆宏(男子二番)が後を受持った。
「順番で考えてもあれは、康介の方だった。信じられないが事実だ。乃慧ちゃん以外の全員が見てた・・・・あっという間だった・・・」
優也は言葉を失った。クラスメイトが、クラスメイトを殺す。そんな事が、現実に起こるなんて。B組名物の双子の顔が脳裏にフラッシュバックする。しかも康介は、おとなしくて物静かな方だったのに。
「・・・・で、裕斗の方は?てか、そのすぐ次乃慧じゃん!だいじょぶだったのかよ?」
そしてさらにその次が自分だったのだ。優也は血の気が引く思いで、周囲を見回さずにはいられなかった。
「あの二人がグズグズしてたらはち合わせただろうな。でもさっさと行っちまったから、俺らも無闇に手を出さなかったよ」
隆宏はちらりと樹弘を見ながらそう答えた。どこかぶすっとした表情で、樹弘が続ける。
「康介の奴、多分あの部屋にいる時点でやる気だったんだよ。何のためらいもなかった。そのあとに来た裕斗も平然としてたし。ここからじゃ聞こえなかったけど、なんかしゃべってて、二人ともすぐ別れて行っちまった。奴らは危ないな」
「うん。絶対にヤバイ・・・あの二人、笑ってた・・・なんかいつもと全然違うの」
ぶるっと震えながら、小夜もか細い声で言った。
優也はそんな小夜の様子と周りのみんなを再び見まわした。殺人の瞬間を、またもや目の当たりにしてしまった仲間たち。
「もしかして、おれのこと待ってたのか・・・?」
とたんに全員が、表情を和らげる。それでも、いつもの笑顔とは程遠かった。
「ウン、そう。最初は圭ちゃんとあたしが、番号近かったから一緒にいられた」
小夜が説明する。
「それからみんなを待とうってことになって、一人ずつ増えてったの」
「それでドン尻の大御所が、ユウだったってわけ」
そう言ったのは隆宏だった。優也ははっと思いだして、思わず声を上げた。
「お前、なにやってんだよ、さっきの。いかれてるよ!」
さっきの、は教室らしき所で父屋に隆宏が口応えした時の事だった。一歩間違えば、どうなっていたか。優也は自然、腹が立った。隆宏本人はうんざりと顔をしかめ、他の五人はにたりと苦笑する。
「すごいすごい。これでみんなに叱られたね、タカ」 と乃慧。
「しゅんとしたか?」 と樹弘。
「思い知った?」 と小夜。
「勘弁してくれ・・・」 と隆宏。
いい気味だ。とよくわからないまま優也が言う。そして沈黙が下りる。
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