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□序盤戦
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名前を呼ばれると、鎌城裕斗(男子7番)は淡々とした足どりで部屋を出た。外は雨なのだという事がすぐわかった。しとしとと音がする。

 B組において、裕斗は賑やかな少年だった。村上幸太郎(男子18番)、梶原亮(男子5番)、野沢頼春(男子13番)、星山拓郎(男子一六番)らと共に、お調子者の部類に入る。

プログラムの名が出るまでは。

 父屋とかいう男の説明を聞きながら、裕斗はめまぐるしく考え続けていた。R指定の人体模型のような担任の死体が現れても、クラスメイト二人のあっさりとした殺戮を前にしても(いや、だからこそ、かね)考え続けていた。何故なら、今この時までに出さなければならない「答え」があったからだ。

 部屋を出た右手をつっきると、吹き抜けの階段があった。裕斗はそれを、のろのろと降りる。一歩、また一歩とそれに近づいているのを自覚しながら。
 
 裕斗には物心つく前から、分身がいた。

 自分のすぐ数時間後に生まれた分身だ。そんな理由で、頑なに自分は兄、そいつは弟となった。おかしな話だ。良くも悪くも、自分たちは一緒なのに。
 二人は顔が同じで、声が同じだ。好きな色も嫌いな食べ物も、言葉の言い回しも思考の傾向も一緒だ。そうしてある日、二人はあることに気がついた。
 
 「よ、」

 まっすぐ前方で、聞きなれた声がする。広い正面玄関。いくつもの引き戸。そのうちの一つにすっぽりと人影がおさまっている。数分前自分より先に部屋を出た鎌城康介(男子六番)。裕斗は自分の分身に返事をする。

 「よ。待ってたんだな」

 「うん。裕斗なら、行ってた?」

 弟の問いかけに、裕斗はむっつりと首を振る。

「いんや」
 
 「だろうね」一方康介は、さばさばと笑ってみせた。
 「話しときたいことがあるし。どうせ考えてることも一緒で、これから言うことも一緒だ」
 
 普段の裕斗はへらへらと笑い、大声でふざけてることが多い。そして康介はクラスでほとんど口をきかずじっとしている。その反動か、二人きりの時はまるで逆になるのだった。笑うのに疲れた兄はぶっきらぼうになり、だんまりに飽きた弟は饒舌で表情を崩す。
 「裕斗」と「康介」は自然に入れ替わる。自分たちのことながら、恐ろしい現象だった。

 弟のそばで立ち止まり、裕斗は異変に気がついた。すぐ右の足元を見下ろすと、何かがくしゃくしゃと丸まって横たわっていた。
 最初に目に飛び込んできたのは血だまりと、それにひたされた髪の毛だった。紺のカーディガンに包まれた細身の肩と、セーラーのスカート。うつ伏せで横たわっていたが、それでも裕斗のひとつ前に出発した園辺優紀(女子六番)だとわかった。


 まったく動いていなかった。

 後にした部屋で嗅ぎなれた血の匂いを嗅ぎながら、康介に視線を戻す。右頬には、ぽつぽつと赤い点がついている。その下の、右肩からひじかけて広く血飛沫がべっとり染みついていた。手元にいたっては光沢のある赤い手袋をはいているようだ。銀色に光る血まみれのナイフが、それに握られている。

 お前がやったのか、と言おうとしたが、あまりにも明らかなのでやめた。それでどうせなら、他のことも明らかにさせようと思った。

「乗るのか。これに」



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