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□序盤戦
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北島智見(女子三番)は自分がうす目を開けていることにようやく気がついた。そうして、折りたたまれた両腕の上に、自分の頬があたっていることを知る。机に突っ伏して、寝ぼけているようだ。

そうわかると、智見は少し自分を意外に思う。学校で居眠りなどしたことなかった。乃慧や小夜はよくするけど・・・あれ。
あたしたち、修学旅行にいったんじゃなかったっけ?
智見は朦朧とした頭をおこす。あたりを見回して、一気に目が覚めるのをかんじた。

一瞬智見は、いつもの教室にいるのかと思った。四角い部屋に人数分の机と椅子。四方で机に突っ伏しているのは、クラスメイトだ。右を見れば花ちゃん(雪平花・女子一九番)が顔を腕にうずめ、左ではシアワセタロー(村上幸太郎・男子一八番)が口をぱっかり開けて寝こけてる。間違いなく、教室の座席どおりに全員が座っていた。

だがよく見ると、部屋は全然違った。正面に黒板がなく、巨大なホワイトボードがおかれ、のっぺりと部屋を見下ろしている。部屋の造りも、天井の高さも違う。窓には分厚いカーテンが引かれているが、電気がこうこうとついていて教室内は嫌に明るい。智見の全く知らない場所だ。

静止したクラスメイト。静止した空気。智見は一瞬、頭が真っ白になった。何なの、これは。

やがて視界の隅でもぞりと動くものがあった。左後ろの席の石黒隆宏(男子二番)が、机から顔を引きはがしているところだった。
「タカ、タカ!」
なぜか声をひそめて(別にみんなを起こしちゃいけないって訳じゃないんだろうけど、なんか生理的に)呼ぶと、隆宏は1.2度頭を振ってこちらを向く。まだ目がぼんやりしていた。
「なんだ・・・こりゃ・・・」隆宏の方もひそひそ声で返した。ですよね。
「わかんないよ、どういう事。ここどこ?」
「旅館・・・じゃないよな」
「絶対何か変だよ」
智見は身を乗り出していた。これまたなぜか、席を立ってはいけない気がして座ったままだ。智見の頭には、立って歩きまわるという発想が浮かばない。それくらい、この得体のしれない状況に動揺していた。隆宏の方も、だんだんと覚醒してきたようだ。明らかに狼狽の色が強い。
「俺ら、どうやってここにきたんだ?」
智見ははっとした。確かにさっきまで、旅館の座敷にクラス全員がいたのだ。そして気がつくと、ばたばたと人が倒れて。

――運ばれた?誰かに、全員そろって?
体が震えてきた。

会話をしている間にも、クラス中が起きだしていた。周りの人を揺り起こし、呼び声に目をさまし、寝ぼけ眼で部屋を見回す。そうして一様に、不安と困惑の表情に塗りかえられる。

次の瞬間、ばんっ、とドアが開いた。

徐々にざわつきはじめていた部屋に、再びしんと静寂が戻った。部屋の前方、ホワイトボードの真横のドアから男が一人入ってきた。
「やぁやぁやぁ!おはよう、みんな」
はつらつとした朗らかな声で、男はあいさつを叫んでいた。あっけにとられるクラス全員が見守る中、男は弾むように進み出る。ホワイトボードのまん前、教室でいえばちょうど教壇に当たるポジションでとまってにこにこと笑いかけた。
中肉中背。丸顔に丸いメガネをかけた、ひとのよさそうな雰囲気の男だ。こんな時にも関わらず、智見はいつもかわいがってくれる親戚のおじさんを思い浮かべた。

「さぁさぁさ、全員起きてるかーい?隣の奴が寝てたら起こしてくれ!これから大事な話があるからね」
何人かが、おずおずと周りを見まわす。寝こけているものなど、誰もいなかった。たいていの人が、口を開けていきなり現れた見知らぬオジサンを凝視してる。南小夜(女子17番)も高原乃慧(女子7番)も渡辺凪(女子21番)も矢部樹弘(男子19番)も菅野優也(男子8番)も藤岡圭太(男子15番)も隆宏もだ。みな一様に顔をこわばらせ、混乱していた。

 「よーしよし。じゃ、まずはごあいさつだ。みんな、初めまして。今日からみんなの担任になった、父屋三蔵です。よろしく!」
 しん、と無言の返事。それに全くこだわらず、にこやかに父屋とかいう男は続ける。
 「それからな、先生のアシスタントを紹介します。おーい、入って入ってー」

 開けっぱなしのドアから女が二人、男が一人てきぱきと入ってきた。最初に入ってきた女は父屋と同じくらいの歳で、これまたにこやか。後の男女はおそらく、智見たちと4・5歳くらいしか変わらないであろう二人組だった。女の方は整った、しかしきつそうな顔をしている。男の方は、どういうわけかものすごく目立たない感じの人だ。
 三人とも、薄い色の迷彩服姿で、智見はその腰や太ももの横に黒いものが下がっているのに気がついた。
 拳銃に見えるのだけど。まさか、ねぇ。

 「はい。みんなから見て左から母沢、亜新、流加だ!ちなみに母沢は先生のまいすいーとはにぃ!流加と亜新は先生の子どもだ!」



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