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□決戦 ―FINISH―
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「…ありがとうな」

危うく震えそうになった声音を抑え込み、町田耕大(男子17番)はそう告げた。
人前で泣き出すような真似は、もう繰り返したくはなかった。情けなくて気まずい思いをするのも、そして誰かにさせるのも嫌だったからだ。

友人を殺した自分を責めないばかりか、あまりにも欲しかった言葉をかけてくれたのだ。

耕大はそんな鵜飼陽平(男子3番)と三好里帆(女子18番)へ笑って、立ち上がる。

二人ともそれぞれに、苦い薬を無理やり口に含んでるような顰め顔でこちらを見ていた。二人の向こう側、隣のベンチに座る土屋直実(女子9番)だけは、血の気のない顔に明確な警戒心と敵意を浮かべたままだ。

へんてこな顔ぶれだ。一緒にいる理由を尋ねれば三人はいっせいに「成り行きだ」と大体同じような答えを口にしたが、その様子は三者三様で、思わず可笑しくなった。一人は嬉しそうに、一人は忌々し気に、一人は自分でも不思議そうに。
成程そうか、なんて合点はいかないが、嘘ではないんだろうなと思えてしまった。たまたま出会い、助け合えた彼ら。成り行きという「幸運」なのだろう。

―俺たちと逆だな……

そんな感慨が頭の片隅に生まれた。しかし、気に病むには至らない。
吐き気のするような自己嫌悪と虚無感は今もなお重苦しく残っているだが、さっきよりは少しだけ、しゃきっとできている。気がする。

「じゃぁ、もう行くよ」

そう別れを告げると、陽平は「行くって…ひとりで?」と驚き、隣の里帆も「えッ!?」という素っ頓狂な声をあげた。
耕大はそれに頷いて、はっきり意思表示を成した。

忘れてはいない。思い込みでカッとなり、暴力をふるった己を。親友の言葉に受けて立ち、殺し合いをした事も。
そんなやつが加われば、否が応でも場の雰囲気は変わる。ささやかで危うい幸運に支えられたこの三人の平穏を、崩してしまうきっかけにはなりたくなかった。

「行っちゃうの…?別れちゃう流れなの?」

里帆はあまりにも意外なものを見るような顔つきで、耕大の袖を引っ張る。耕大の気遣いなどつゆ知らずのおとぼけ具合は、いつもの教室でのそれだ。耕大は少し心配になった。今、プログラムだぞ。三好さん。

「どうして?せっかく会えたのに…。町田くんだって、一人でいるよりは安心できるでしょ?」
「ありがとな。けど、土屋さんにぶっ殺されそうな顔で睨まれながら一緒にいるのも、ちょっとな」
「だーいじょうぶ!あたしや鵜飼くんにだって、ずっとそんな感じだもん。すぐ慣れるよ」
「おい」
「鵜飼くんもね、佐藤さんから守ってくれた時はびっくりするほど頼りになったけど、今はびっくりするほどナヨナヨしてるから。もう一人、男の子がいてくれた方が心強いの」
「……俺も、心強い」

里帆の勝手放題な台詞に、直実は怒りのこもった一声を上げ(いい加減キレそうで怖い)、陽平はあっさりと頷いて同意を示した(それでいいのかお前は)。


「悪いな……そんな風に言ってくれるのはうれしい。けど、よしとく」

耕大はそうきっぱり告げた。繰り返された変わらぬ返答に、里帆も陽平も口をつぐむ。それ以上言っても甲斐無しと察したようだ。

「んもう。町田くんすっごい良い人そうだったのに……土屋さんのしかめっ面のせいだよ!」
「すっごい良い人、ね」

むすっとして不満をこぼす里帆に、直実はどす黒い嘲笑を浮かべて吐き捨てる。

「案外、あんたの頭悪さ加減も理由なんじゃねーの」
「んん、どゆこと?」
「おめでたくて的外れでアホ丸出しな事しか言わないやつに、誰がついていきたいんだって話。そりゃ断られんだろ」
「はぁ?そういう自分はどうなんですか!ブーメランっていうんじゃないんですか、そういうの!」
「あたしはやる事やった町田を「良い人」なんて思わねぇし、そもそもお前が勝手についてきてんだろが」
「またそういうこと言う!」





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