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□決戦 ―FINISH―
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北西校舎1階の廊下。等間隔に並ぶ窓の向こうには、光を透かした曇り空が垣間見えた。
一面の白色は、よく見ればまだらに蠢いている。霧のように霞む遠くの雲と地上に程近い綿雲のかけらが、煮え切らない空模様を描いていた。
これから晴れるのか、雨を落とすのか、よく分からない空だ。

「だからさー、向こうの建物とこっちの建物って渡り廊下になってたでしょ?」
「だから何だよ」
「くっついてるわけじゃないんだからさ、こっちまで火がまわらないんじゃない?」
「まわったらどうすんの。のんきに構えてたら逃げそびれて丸焦げとか、大間抜けもいいとこ」

前を行く女子二人の押し問答を半ば聞き流しながら、鵜飼陽平(男子3番)はその少し後ろをついて歩いていた。

女子二人――三好里帆(女子18番)と土屋直実(女子9番)は、「何処かで身を休めるべき」と、「そんな余裕はない」という意見に分かれてゴタゴタし始めていた。

「んじゃぁ、火が回ったらパッパと外に出られるようなとこにしようよ」
「ふざけんなよ。この足どんだけ痛いと思ってんだよ。パッパと歩けりゃ、おめーみたいなくそ女とっくに撒いてるから」
「なによー!?」

この二人が、こんなに仲良しだったとは知らなかった。
もう何度目かもしれない感想を繰り返して、陽平は二人を交互に見やった。

恐らくは、もとからこんな仲ではないのだろう。彼女らのやり取りを耳に挟んだ限り、二人が遭遇したのは単なる偶然のようだった。ようするに、場の流れで。
直実の方は足に銃弾を負ってからもうかなり時間が経っている。にも拘らずそんな言い合いをする気力を保ち続けていられるなんて、どんなスタミナしているんだ。心身ともにちょっと強すぎやしないか。

とはいえ、その直実の顔色を見れば、里帆の言い分はもっともだ。立ち振る舞いは強くても、直実には間違いなく休息が必要だろう。それでも里帆が何かを言えば言うほど反発するものだから、宛てもなく傷ついた足を引きずる他なくなっている。…そういう意地のようなものに見えてしまうのは、なぜだろうか。
そうでなくたって、銃で撃たれたのなら休んだ方がいいに違いない。けれど、陽平は二人の言い合いに口を挟む気も、その機会もなかった。彼女たちが最終的に出した結論に従うつもりでいた。

陽平はそんな己の現状に、そっと小さなため息をつく。不安は胸の内のあらゆるところから湧いて、きりがない。この先も場に流されるまま、この二人にくっついてて良いものか。
…良いか悪いかでいえば、悪いのだろう。
たとえ直実と里帆が出合頭に人を襲うような危険人物ではないと分かっていても、だからといって自分の意思を放置して、この先みんな二人任せなんて、おざなり過ぎる。
それでも陽平は、自分で何かを決するという行為に恐れすら抱いていた。その確かな恐怖の前には、曖昧模糊とした不安など、たちまち薄れてしまうのだった。

それは彼がとった行動と、その結果によるものだ。引き金と、衝撃。轟音と、噴き出た赤い色。
彼の、怒りと殺意に満ちた眼差し。
苦痛にのたうち回り、やがて動かなくなった彼女。

記憶がこみ上げてきて、背筋がこわばる。汗が熱の粒となって吹き出す。息苦しさを解消するために、深呼吸をする。

考えれば考えるほど、自分のしてしまった行為の重さは計り知れなかった。計り知れない、なんて言葉では表しきれないレベルの。
誰からも、許してはもらえないだろう。もし許してくれる人がいるとしたら、

『なにがやり直したいだよ。無意味な事言ってんじゃねっつの』
『あたしたちの事、見捨てないで…助けてくれたんじゃん!』

それはあの時、あの場にいて、自分と同じように死なずに済んだ、彼女たちだろう。

クラスメイトを撃ち殺した人物を追い払うことなく、今もがみがみと場違いなやり取りを繰り返している。
何の解決にも、解消にもなってはいないけど。棚上げされたいくつもの問題が今にも崩れ落ちて、陽平の命をあっさり奪うかもしれないけど。
そんな二人が居てくれる事、一人じゃない事に、自分は不思議と安心しているのだ。
本当に度し難くも不思議で仕方ないことだが。


そんな時、一行は開けたホールへ差し掛かっていた。












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