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□決戦 ―FINISH―
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「こら、わたしのから揚げ食べたろ!」

突然肩をぴしゃりと叩かれ、南小夜(女子17番)はハッと我に返った。
驚いたのは肩を叩かれたからではなく、思いもよらない人物に声をかけられたからだ。その人物ーうろたえる小夜を怒った顔で睨んでいるのは、親友の北島智見(女子3番)だ。

「…いたいなー」

実のところ、そんなに痛くはないのだが。というか、そんな痛さどころでないような大怪我に苛まれていた気がしたのだけど、あれ?小夜は自分で自分を不思議に思った。

どうしてそんな風に思ったのだろう。眠たい午前の授業を乗り切った、いつもの昼休みで、どうやったら大怪我なんて負うの?
どうして智見のふくれっ面を前に、こんなにもホッとした泣きたい気持ちになるのだろう。

そんな小夜の心情を知る由もない智見は、食べ物の恨みを吐き続ける。

「なんで勝手に人の食べんの?ええ?この口は。この口は!」
「ひょっほ、やへへよ〜」

智見の手に両頬を挟まれてピヨピヨ口にされる。机を合わせて向かいに座っていた高原乃慧(女子7番)と渡辺凪(女子21番)の二人は、そんな小夜を見て吹き出した。

「ブフッ、なーにその顔!ハハハハ!!」
「あっははは、ひどいよ小夜」

遠慮なく爆笑するさまからして、相当すごい顔が出来上がったらしい。小夜は赤くなって、智見のピヨピヨ攻撃を振り払う。

「もう、乙女になんて真似すんの!」
「盗み食いする乙女がどこにいる!」
「しょうがないでしょー。だって…えーと…あっそうそう!修学旅行が楽しみ過ぎるからだよ」
「はぁ?何それ関係ないし!かすってもないし!」
「そうか。もうちょっとだよね。修学旅行」

大笑いから立ち直った凪が、そう言ってカレンダーへ目をやった。教室のカレンダーには誰が書いたか、とある4日間がガヤガヤしい赤字で強調されている。

一方の乃慧は、立ち直りきれずヒーヒーしながらも凪の言葉を受けてこう言った。

「あ〜修学旅行かぁ、なるほどね。修学旅行が楽しみなんじゃ、しょうがないよね」
「何が!?」
「だよねー、から揚げくらい横取りしちゃうよねー」
「なんでよ!」
「流石、乃慧はわかってる………って、ちょっちょっと!何してんの智見!?」

それまでヘラヘラしていた小夜は、自分の皿に嫌いなニンジンを落とされると、親友にくってかかった。ニンジンを押し付けた智見は、してやったり顔で笑う。

「修学旅行が楽しみなんでしょー?ニンジンぐらい食べれば」
「それこそ関係ないじゃん!かすってもないじゃん!」
「あんたもだよ!」
「おーいそこ、南北戦争するな」

後ろから笑い混じりの野次が飛んできて、小夜と智見は振り返る。その形相に、野次を飛ばした矢部樹弘(男子19番)は「ひえっ」と小さくなった。

「こえぇ〜」
「こえぇな。平和にいこうぜ二人とも。戦争なんか、碌でもないって」
「そーだそーだ。戦争で苦しい思いをするのはいつも、罪もない人たちなんだぞ」
「いや何のはなしだよ」

樹弘に続いて戦争反対を掲げる石黒隆宏(男子2番)と菅野優也(男子8番)へ、委員長の藤岡圭太(男子15番)が呆れたようにツッコミを入れる。

苗字に北と南が含まれているのが理由で、小夜と智見が言い争いを始めればいつも「南北戦争」と称される。二人が出会った小学生のころからすでに、それはお約束となっていた。

「じゃぁ誰か、から揚げわけてよ」
「じゃぁ誰か、ニンジン食べてよ」

そんな南北コンビは、揃って不機嫌な低い声をあげる。すると男子4人は互いに目を交わし「「 ………… 」」と沈黙してしまった。

「おい、どうなの」
「なんか言えば?」
「いやー…」
「丁重にお断りします」
「「 けっ 」」

何事もなかったかのように目をそらす彼らを睥睨して、小夜たちはため息をついた。「だったら口出しすな」「愚民め」と一言ずつ罵って、睨み合いに戻る。

「……あのねぇ、小夜」

智見は徐に腕を組むと、じっと小夜を見つめてこう言った。どこか呆れたように。
いや。まるで、哀れむように。

「謝るなら、今だよ?」

なにをおっしゃる。軽口を返そうとした小夜は、ふいに言葉を失う。
それまでの呑気な気分に突如、脈絡のない不安が割り込んでくる。

「…謝る……?」

どうした訳か、笑い飛ばせない。
謝らなければいけない気がする。から揚げどころじゃない、もっと違う事で。何故かモヤモヤする。とてつもなく怖くなる。

でも、何に対してかも分からず「ごめんね」を口にするのは、本当の謝罪じゃない。

困った小夜は面を伏せた。机上の皿が目について、そこに転がっているものを見る。あっ、と小さく悲鳴をあげた。

ニンジンではなかった。皿にぽつんと鎮座しているのは、人の指先だ。












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