OBR
□はくす
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A組(選ばれなかったクラス)の風景を書いてみました。
今後の物語には関連のない、番外編です。
ミズノケンイチ(狛楠中学A組生徒)はぼんやりと、窓辺越しの中庭を眺めていた。
修学旅行でやってきた旅館のロビーに、彼は友人のマサトとアキナの三人でソファ(ふっかふかだ)に落ち着いていた。見るともなしに眺めていた窓辺に、羽虫が死んで落っこちている。立派な旅館だが、掃除が行き届いてないようだ。ケンイチは小姑のような感想を持った。
「おっそくない?いつまでここにいりゃいいの?」
うんざりしたようにケータイの画面から顔を上げてアキナが言う。旅行のしおりを眺めてたマサトも死んだ虫を見ていたケンイチもそれで振り向いて、一同は顔を見合わせる。待ちくたびれきった表情だ。
三人に限った有様ではなく、我らが3年A組全員がそんな状態だった。バスから降りるなり血相を変えてどこかに飛んでいった担任は、未だに戻らず。仕方なく乗務員さんに先導され旅館に入り込んでから、もう二時間は経っていた。
よってロビーにたむろっている皆は、一様に困惑したような迷惑したような顔ツラをさげて雑談していた。その内の、普段から騒々しいグループたちが周りを憚らず大声で騒ぎまくっていたが、諌める大人は何処にもいない。
「そういや、B組もぜんぜん来てねぇじゃん」
しおりを傍のテーブルにぽいと投げて、マサトが怒ったようにそう言った。そういえばコイツ、バス休憩の時にB組の豊永正和(男子11番)に800円貸してたっけ。「利子は30分100円な」とまじめくさって言い放つマサトに、正和はへらへら笑って「何処の駐車場だよ」と返していたのを思い出す。
奴はわかっていない。この男相手に金を踏み倒そうものなら、容赦ない制裁が下るのをケンイチはよーく知っていた(体験談)。
かわいそうな奴。むしろこのまま着かない方がいいんじゃないか、とケンイチは少しだけ同情した。
そうこう思っているうちに、クラスのやかましいグループの一人からも「みどりと連絡とれねー、何で!?みどり成分がなきゃ俺死ぬぞ!」という情けない悲鳴が沸いた。B組に彼女がいる奴だ。
そりゃ単純に拒否されてんだろ、的な発言を仲間からされて、どっと笑いがあがる。
ふとそいつらの遥か向こう側に、黒い三人の人影が現れた。旅館の奥からやってきたその大人は、物々しい服装をしている。
ケンイチは微かに顔をしかめて「うわ…」と低くこぼす。修学旅行という一大イベントに水をさす類の連中だった。
それを聞いた傍の二人が、ケンイチの視線の先を追う。
「うー、一緒なのかな…いやだな」
「……なんでいんだよ」
「ご休暇、じゃないの?」
「あんな格好で、コレつけて?」
マサトは襟元をなぞるジェスチャーをしてみせる。堂々とした足取りで通り過ぎてく三人組の襟元には、政府の要人である事を示す桃のバッチが留まっていた。思わず目をそむけ、通り過ぎるのを待つ。桃はその象徴だ。
桃の三人組は、やかましく雑談をする中学生の一団になど目もくれず、さっさと旅館の外へ歩き去っていった。その背中が消えてから、ケンイチは我知らずホッと息をつく。
「あの…さぁ……」
アキナの小声に振り向いて、ケンイチは目を丸くした。アキナとマサトの顔からは、さっきまでのだらけきった表情が消し飛んでいた。しかも真っ青だ。何が起きたのかとケンイチは急に心配になった。
「ど、どうした」
「あたし、聞いたことあんだけど……アレに選ばれたら……修学旅行中に連れてかれちゃうって……そのパターンが、一番多いんだって………」
ケンイチは「は?」と首をひねった。
何を言ってるのか全然分からない。でも二人の怯えようは、普通ではなかった。
その不安が自分にも移ってしまい、無意識に男たちの消えた方を振り向く。
ちょうどそこから、入れ違いのようにして担任が戻って来るのが見えた。
その口は重たげに、修学旅行の中止を告げる。
終わり