OBR

□終盤戦
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昨晩の教室で見つけた豊永正和(男子11番)と橋本亜美(女子13番)の姿を思い出した。バリバリに固まった血の中に沈む二人とは違い、真紀の顔面を汚しているのは鮮やかな赤だ。表情も穏やかだが、一面の血糊のせいで全く穏やかには見えない。

苦しかったろうに。最後を迎えようとしてる真紀に自分がした事といったら、勝手な言葉をぶつけるだけだった。

おれは結局、この子に会って何がしたかったのだろう。
ただの現実逃避とか、自己満足だったのかもしれない。彼女を救うためなんかじゃなく、ただこのどうしようもない状況で自分を保つ為に…自分の為にすがってただけなのか。

そうして、今も。

真紀の身体は強ばり、温もりはすでに残っていない。引っ張り起こした準は悪戦苦闘して、やがて後ろから両腕を抱える姿勢が一番無理がないことを悟る。
ずり、ずり、とそのまま彼女を引きずっていった。ここから一番近い「会場の外」へ向かって。

―死にたかったの

準は同じ言葉を繰り返し思い出して、歯を食いしばった。
そんなバカな話はない。
誰も死にたがってなんかない。

真紀も、自分も。他のB組のみんなも、今までのプログラムで死んでしまったあらゆる生徒たちだって。上から無理矢理押さえつけられて、「死にたい」と言わされているだけなのだ。
この国はこれからもずっと、死にたくない人たちに「死にたかった」と叫ばせるんだ。

―もう、ごめんだ。

彼女の最後の望みを、叶えるのだ。
たとえそれがただの現実逃避で、準の自己満足でも。
こんな所、抜け出して。

そんなことを考えながら、真紀を抱えて進んでいった。

ここから一番近い会場の端は、西側。ビニールハウスの周辺だ。真紀の傍にあった彼女の地図で、準はそれを確認した。短い雑木林を抜け、北西校舎を迂回しなければならない。

右腕の痛みが耐えられなくなると休み、しばらくしてまた出発。それを幾度も繰り返す。女の子とはいえ人ひとりを担いでいくのは、思った以上の重労働だった(女子に対して、めちゃくちゃ失礼なことだけども)。

汗をかき、ぜぇぜぇ言いながらひたすら進む。すでに後にした場所では、未だにマシンガンが鳴り響いていた。
誰が何を思っての銃声だろう。振り返ることなく、準は今まで会ったクラスメイトに思いを馳せた。

ひょっとしたら、能登谷紫苑(女子11番)があの穏やかな笑みを浮かべて暴れてるのかもしれない。星山拓郎(男子16番)と秋山奈緒(女子1番)は、すでに名前を呼ばれてしまっていた。教室の前で鉢合わせたあの後、二人はどうしていたのだろう。それに、つい先程呼ばれた日笠進一(男子14番)。進一を探すと言っていた町田耕大(男子17番)の心境はいかばかりか。今どうしているのか、心配だった。

更に歩くこと数十分。林に囲まれた道の先に白いビニールハウスを確認した。じっとりと湿った道を踏みしめて、相変わらずのカタツムリのようなペースで近づいていく。ハウスのすぐ先が、会場外のはずだ。

外へ出れば射殺。確か父屋はそう言っていた。
プログラムにいる軍人が、あの父屋たち4人だけとは思えない。きっと多くの兵士がいて、外を見張っているのだろう。
真紀を引きずるので上がりきっていたはずの動悸が、気持ち悪いほどに強まる。ついにおれの番だ、という感覚に苛まれた。あのビニールハウスの向こう側に、死が待っている。

ふいに、自分が真紀へ最後に言った、自分勝手な台詞を思い出した。

―おれの人生は、

潔く死を選べなかった、と真紀は自分を否定していた。そんな姿がどうしようもなく悔しくて、とっさに言い返していた。それくらい好きな人生だったからだ、と。

―おれの人生は……

その先が、続けられなかった。
代わりに、重い足を叱咤する。真紀の硬直した手に握られた小さな機械がブラブラ揺れるのを、わけも無く眺め続けた。

やがて見えてきたそれは、なんの変鉄もない緑色のフェンスだった。

会場の外と中を仕切るのは、もっと堅牢な石の塀とか、電気の通った物々しい柵みたいなのを想像していた。目の前に立ち塞がるそれは、取って付けたような有刺鉄線が張られてはいるが、ありきたりで錆まみれなフェンスだ。プログラムのために用意されたものというより、もとからキャンパスに備わっていたものかもしれない。

その向こうは、鬱蒼とした木立が広がっている。ここはどこかの山中なのだろうか。

準は真紀を地面におろして、フェンスを見上げた。地図をあてにするなら、間違いなくこの先がプログラムのエリア外だ。運動神経のいいやつなら、普通に外へ出てしまえそうだ。

しかし、わかりきっていた難題にぶち当たる。どうやって、真紀を担いで登ろうか。
準は再び悪戦苦闘したが、すぐに諦めざるを得ないと悟った。鍛えぬいたスーパーマンでもない限り、人を担いでフェンスを這い登るなんて芸当は不可能だ。

途方にくれて左右を見回すも、無情なフェンスはただ延々と続いている。
ここでこうしていても仕方がない。どこか抜けられる箇所を探すか、穴でも開けるしかない。













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