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□終盤戦
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「ま、待って…!お願いだから、早とちりしないで。私たちは、誰とも争う気はないの。銃声を聞いてここへ来たのも、そういう訳じゃないわ。様子を見に来ただけ」

優也と違い真っ先に意図を理解していたらしい渡辺凪(女子21番)が、紫苑に訴えた。

4人はそれまで、正面校舎から火と煙が上がっているのを見つけて、中庭に出ていた。かといって何ができるわけでもなく、ただ怖々と眺めているだけの所へ、銃声がした。そうして足を運んだ矢先が、この状況だ。

「あら、そうなの凪ちゃん。困ったわね。でもそんなことでは、死んじゃいますよ。わたしは戦う気ですから」
「冗談きついって、能登谷ちゃん。あんた―」
「もちろん、冗談ではなく本気です。戦ってこそのプログラムなのに、どうして誰とも争わずになんかいられるのかしら?」
「ど、どうしてって!そりゃこっちの台詞よ!どうしてそんな、笑ってられるの?」
「……だって、」

次々と食って掛かる矢部樹弘(男子19番)や小夜の様子にも、紫苑は態度を崩さなかった。照れくさそうに口元をほころばせ、こう答える。

「ごめんなさいね。不謹慎だって分かっているけど…やっぱり嬉しくって。まさか私が、プログラムという一大行事に関われるだなんて、思ってなかったもの。でも、こうして選ばれた。選んでもらえたの…!だから私は命をかけて、精一杯それに答えたいんです」

ああ。この子って、「そう」だったんだ。優也は突如諦めに似た気持ちで思った。
政府や国家の思想を妄信して疑わない人々が、この国には少なからずいる。確かに紫苑はどこか浮いてるような雰囲気の持ち主だが、それは大人びた美人の女子、で片付いてしまう程度のもので、まさかそこまで突き抜けてしまってる人だとは思えなかった。
だが、紫苑は病気を持っていたのだ。今の自分たちと彼女は、決定的に相容れない。自分が紫苑をおかしいと感じたのと同じで、紫苑も自分たちを理解してくれないだろう。

「嬉しいって…」

樹弘が呆然としたかすれ声で呟く。だが、それ以上何かを言う前に、ぱっと紫苑の片腕が上がった。握られた銃が、銀色の軌道を書いてこちらを向いた。
突然の銃声に、思わず息が止まった。

すぐ横にいる凪が小さく悲鳴をあげる。優也は恐怖に駆られながらも凪たちの方を振り向いたが、誰も被弾した様子はない。4人揃って、宙を震わせる発砲音に身を竦ませているだけだ。
逃げないと。真っ先にそう思った。話の通じる相手じゃない。優也は自分の肩に担いでいる武器のことも忘れて、みんなを促そうとした。

その時、小夜が思いっきり優也にぶつかってきた。何事かと驚愕する優也の肩に掛かったままの機関銃を、小夜は紫苑へと向けていた。
バランスを崩しかけあわや踏み止まった優也の耳に、すぐ傍の小夜の叫び声が響く。

「じゃあ…!じゃあもし、殺し合いなんかやめようって説得するひとが来ても、紫苑は聞く耳持たないわけね?」
「小夜っ!!」

焦燥のあまり、その場の3人がいっせいに小夜の名を呼んだ。しかし当人は、ひたと紫苑を睨みすえて揺るがない。

「無抵抗の人も!紫苑の事が好きで、守ろうとする人でも!出会えば片っ端から、殺しちゃおうっての!?プログラムなんだから、なんてバカみたいな理由で!」
「そうね。だって、その通りじゃない?生き残って帰れるのは一人だけ。そういう決まりなんですもの。プログラムに選ばれた以上、命をかけて成果を出すのは私たち国民の義務だわ」

小夜を見返す紫苑もまた、毅然としてそう言い切った。

「戦わないなんて道はもう存在しないわ。ほら見て。私が今している事と、小夜ちゃんが今している事、おんなじよ」
「一緒にしないで。誰が同じになるもんか!」

ほとんど密着している小夜の身体が、未だにわなわなと震えているのが分かった。なんとしても宥めないと。そう思い機関銃を掴む小夜の手を握ると、彼女は怒りのにじむ目を優也に向け、短く唸った。
「大丈夫。わかってる」
それは優也たち3人への言葉だった。怒りのあまりつっけんどんな口調だったが、それでも自分を失っている訳じゃない事が窺えた。思わず気が緩む。
小夜はもう一度紫苑を見据えた。

「没収よ、全部。持ってる武器、全部ここに置いてって」
「嫌です……といったら、どうするの?」
「撃つ。こんなの撃ったことないから、ひょっとしたら本当に殺しちゃうかもね」

緩みかけた気が、小夜の言葉で再び張り詰めた。おい。それ、だめだろ。
しかし小夜は構わず叫んだ。

「それが嫌なら、今すぐそれを置いて、行って…!大怪我して、後悔しても遅いわよ!」
「…潔くないんですね」

紫苑は息を吐きながら、困ったように言った。ここへきて尚、小夜の発言や行動に嫌な顔一つしない。それは彼女本来の人格なのかもしれない。そう思えば、決して悪い人ではないのだろう―だからこそ、やるせなかった。




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