OBR

□終盤戦
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それは、まだ小学生だった頃の話だ。

「大事なことは、恥ずかしがらずに口に出しゃあいい」

祖母がいつもののんびりした口調でそう言ったとき、自分は漫画を読んでいた。
漫画を流し読みしながら、どこか胸中がどきっとしたのを、覚えている。

遠方にひっそり住む祖母に会うのは、正月休みの時だけだった。その事もあり、そして思慮深く始終穏やかな祖母が好きなこともあって、「ああ…うん」と返事をした(これが両親だったら、いつもの小言として流していたろう)。

「たかちゃんはしっかり者だけど、それで余計に言葉を惜しむねぇ。けど気持ちや心は、自分から外に出てくれないよ」

当然その時は、その意味を考える事はなかった。

―そうは言うけど、ばあちゃん……実際、恥ずかしがらずにそうしてる奴が、どれほどいるってんだ?

例えば、とり損ねたノートを見せてもらったり、誕生日プレゼントをくれたりした時なら、すんなり「ありがとう」と言えるだろう。その言葉を使うのは、シチュエーション的に当然だ。

けど、毎日顔を合わせるヤツらに、「いつも一緒にいてくれてありがとう」なんて、どんな時に言えばいいのだ。そんな事を出し抜けに口にした所で、言葉通りには届かないだろう。「変なヤツ」「何の冗談?」と、普通は思うものだ。だから、誰だって中々言い出せない。




「た、タカ?」
「おいっ、どうした!?」

友人たちの慌てる声を頭上に聞きながら、石黒隆宏(男子2番)は廊下に膝をついた。
鎌城兄弟の片方から逃げる際、最後に奴が撃ったマシンガンに被弾していた。恐らく一発だけだろう。だが背中から腹部に走った衝撃は、今や耐え難い激痛になっていた。何とかここまでは走り抜けることはできたが、これ以上はできそうにない。

それを口に出すのは流石に怖かった。でも、言わねばなるまい。今まで、言うべきだと判じたことは全て遠慮なく告げてきたというのに、ここで止めてどうする。
隆宏は自分の肩にかかっている、機関銃のベルトを持ち上げて言った。

「これ……誰か…これ、とれ……俺は、もうダメっぽい」
「何言ってんの!?」
「まさかさっきの当たったのか!?」
「ダメじゃねえよ!手当てすりゃ大丈夫だ!!」
「場所は?ちょっと、見せて」

南小夜(女子17番)菅野優也(男子8番)矢部樹弘(男子19番)渡辺凪(女子21番)が、一斉に叫んでいた。見上げると、真っ暗な中に浮かぶ4人の顔が並んでいた。暗すぎてどんな顔をしているのかわからない。何とか目を凝らそうとしていると、うずくまる様に寄りかかっていた壁から離される。

とうとう死ぬのか。プログラム宣告を受けたその時から、薄々覚悟していた事態だった。
これでお別れなのだ。もうこいつらと笑ったり話したりするのは、これで最後なのだ。実を言うと隆宏は、既にそう腹をくくっていた。寮で坂内邦聖(男子9番)、そして仲間の1人である北島智見(女子3番)が死んだあの時に。

だからこそ、少しでも長く一緒にいる為に守りたかった。多少顰蹙を買っても、安全を優先させた。危険な目にあって、恐い想いをさせたくなかった。苦しんで死なせてたまるかと思っていた。
なのに、圭太と乃慧は、死んだという。

鎌城の言が嘘か本当かは、結局わからなかった。少なくとも、二人と接触したのは間違いないだろう(待ち合わせ時間まで知っていた所からして)。しかし、死んでいるとは限らない。あの場において全員の気を逸らすための、鎌城の嘘ともとれる。
その一方で、二人が待ち合せに現れなかったことに不安を覚える。一刻も早く、安否を確かめる必要があった。

あの二人のただ事でない様子と覚悟に、隆宏は強気で止めることができなかった。代わりに強気で圭太の意見に反対し、そして二人は行ってしまった。それを思うと、隆宏は言い知れない焦燥と虚無感に襲われた。

別れるべきじゃなかった。止められないにしても、二人で行かせることはなかったのに。もっと大事な、言いたいことがあったのに、二人にはとうとう言いそびれてしまった。

―大事なことは、口に出しゃあいい

祖母の言葉がぽつんと頭に浮かぶ。隆宏はみんなの顔を良く見ようとしたが、かなわなかった。暗くて気づかなかったが、どうやら目が霞んでいるらしい。
4人は未だに「横にして―」とか「―止血だ。はやく」とか言っている。なので教えてやった。

「もう、いい……無駄だよ…」
「ふざけんな!!」

4つ顔のうちの1つが、そう叫んだ。
違うんだ、樹弘。ふざけちゃいない。最も、お前はいつもかっかしてるから、ただ怒って意味なくそう叫んだだけなのかもしれないけど。
本当は、分かっていた。樹弘をかっかさせる原因が自分にあるのだという事を。




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