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□終盤戦
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襟元を揺さぶりながら、そう吐き出す。里帆の手が直実の袖を引っ掴んできたが、構わず叫んだ。
「あたしも!鵜飼も!他の連中も全員、生きてる限りお前は死ぬんだよ。それでも味方か、あぁ?滅多なことほざいて、イラつかせんじゃねーよっ」
「あーっもう、知らん!関係ないわよ、そんな事!」
がっ、と両肩に軽く痛みが走る。里帆が口をへの字にしながら、直実の肩を掴んでいた。
「味方って意味、分かってる?土屋さんはあたしの味方だよ!そっちはどう思ってるかわからないけど、こっちは土屋さんに助けられたんだからね。土屋さんを庇ったあたしだけは、くだらなくて、卑怯で、醜い自分でないんだもん。あたしを醜くない人間にしてくれてる、一番の味方なの!」
「意味わかんねーよこの虫やろう…!ばっかじ―」
「ばかじゃねーのばかじゃねーのって、あんたそればっかり言うけど……!…あたしには本当に、ほんとうに、大事なことなの……。生きてるのと同じくらい、大切なことなんだから…!」
襟がくしゃくしゃになっているのも気にとめず、里帆は肩に組み付いたまま唸るように言った。その見上げる目つきには、今までみたことのない凄みがこもっている。直実は里帆とであった当初、こいつは頭がおかしいんじゃないかと疑ったのを思い出した。
「怖いことばっかりで、死にたくなくて……だからあたし、簡単に間違っちゃう。だからあんたを庇ったことが、あたしの救いだった!あんたがあたしをどう思ってるかなんて、どうでもいい…。自分に都合のいい人……それが味方でしょ…」
里帆が沈んだ声色でそう言った。二人は睨み合う。
ドクドクと傷の痛みが頭に割り込んできた。直実は押しやるように襟元を離したが、里帆はがっちり肩を握ったままだ。
「あ、の…もうそれで……。土屋さん、怪我人なんだから…」
後ろから陽平のか細い声が聞こえた。青ざめて引きつった顔で二人を見比べている。ここまで自分らを止めるでもなく、尻込みして傍観してたらしい。チキン野郎め。
「…………足、大丈夫?」
ぼそ、と今さら訊ねてくる里帆の目には、さっきの迫力が無くなっている。バツが悪そうに自分を見上げていた。
「死ね、ぶりっこ。何が都合のいい人だよ……」
要するに、自分の為だということか。自分を正当化できれば、自分以外はどうあろうと関係ない。例え直実が里帆を聖人と見なさずとも、里帆が里帆自身を聖人と見なせれば、それでいいのだろう。
「一週回って羨ましいよ、お前……。どうやったら、そんな考え方できんの?」
「…へ?」
直実はしつこい痛みを紛らわせるため、腰に手をあてた。里帆はそんな直実をまじまじと見上げてくる。
「そんなに嬉しい?醜くない、間違ってない自分って…。そんなに価値あんの?」
「………」
きょとんとした表情がマヌケで、直実は思わず鼻を鳴らした。そんな様子にも構わず、里帆は呆けたようにただ直実を見つめてくる。
しばらく沈黙が続いた。話しかけても良いと判断したのか、やがて陽平がおずおずと声をかけた。
「えっと、そろそろ、ここ離れないか?」
直実も里帆も結構馬鹿でかい声を出したから、その心配は当然だろう。「土屋さん、歩けそう?」とたずねる陽平に、無反応で肯定する。
しかし実際、銃で撃たれた足ってどうなんだろう。今のところ動かせてもこの先、限界がきて歩けなくなるんだろうか。人体というのが、そんなやわではないと信じたいが。
進もうとする直実に、里帆がおもむろに声をかけてきた。
「土屋さんって……自分のこと、嫌いなの?」
呆れているような、どこか寂しそうにも感じられる声色だった。直実は思わず、そいつを振り返る。
考えたこともなかった。そもそも好きか嫌いかなんて、自分に当てはめる概念だろうか?
好きではないな…。
そう思ったが、どうしてか、コイツには教えたくなかった。
「…知らない」
直実は、味方ではなく、そして敵でもないそいつに、言ってやった。
「でも、お前は嫌い」
「うわっ。あたしも今ちょっと、あんたが嫌いかも」
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