OBR

□終盤戦
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立て直せずに、あっけなく転倒する。足が重い。というより、体全体が重かった。まるで水の中にでもいるかのように、動きが鈍い。手足の先の感覚が遠のいていくようだった。
康介はわけが分からず、辛うじて身を起こした。

―怪我?どこに。これじゃ、まるで――

ずきずきとまだ痛みが引いている下腹に、手を添えた。固くて、小さな感触が返ってくる。
そこにあったのは、小さな弾だ。場違いなボタンのように学制服にとまってる。

目の前に、ナイフを握った手が現れる。康介はとっさに力を振り絞って、追い払うように自分のナイフを振った。修二は再び下がり、凶悪な刃物が消えた。

―あの野郎。

ようやく康介は、殴られた拍子に麻酔銃を刺されたのだと気がついた。しつこい痛みが、弾が地肌にまで達していることを告げていた。

だけど、まだ動ける。忌々しさと悔しさをたぎらせながら、康介はそう言い聞かせる。奴に刺さった後の弾だ。麻酔薬はほとんど残っていないかもしれない。第一、奴はピンピンしてる。平気だ、多分。痺れてるのだって少しだけだ。

動けないわけじゃない。まだやれる。康介はふわつく足を引き上げて片膝をついた。歯を食いしばり、思いっきり立ち上がった勢いで前方へ突進する。相手に目掛けて、ナイフを振った。

バシン、と音がしてその振り回した手に衝撃が走る。修二のナイフを持っていないほうの手が平手打ちをかまし、康介から凶器を叩き落としていた。
呆気なく手を離れたナイフは、遥か左手へ飛んで行く。落ち葉だらけの地面に落っこちて、カツンと侘しい音をたてる。

―祐斗。

手元を離れたナイフから、正面へ目を戻す。相変わらずだらだら血を流しながら、修二が自分を見降ろしていた。落ち着き払っている。

おれの負けだ。康介はそう思った。
相手は刃物で、こっちは丸腰。正確には、まだ手榴弾も麻酔銃も残っているけれど。弾を込め直したり、バックから取り出したりする時間など、目の前の人間は悠長に与えてくれないだろう。

おれの負け。ということは、勝ったのは祐斗か?
康介は無意識に、小さく首を振っていた。全く悔しくなかった。負けた気がしない。勿論、勝ってるわけでもないけど。
自分が消えて裕斗が残る。そんなの許せない。そう、思わないといけないのに。なに許してんだよ。どうして悔しがらないんだ。なんとも思わないんだ。

―本当、イヤになるな……

これから死のうってのに、死ぬ気がしない。江口なんかに負けて倒されるってのに、負けたことすら実感できない。ここじゃないどこかに「もう一人」がいるおかげで。
死ぬ間際になっても、結局これかよ。

―おれの命は、まぎれもなく一つだけなのに。

それ以上何も考える間もなく、康介は己の喉に異物が入り込む音を聞いていた。
内側からこみ上げる、むせ返るような血の臭いが、最後の感覚になった。











【残り 14人】









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