OBR

□終盤戦
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―あれ…

進一の刃は、耕大の腹に当たる。そしてそのまま、びくともしなかった。
刃先に触れた黒地の学制服は、それでも無傷だ。カッターはそれ以上進まず、耕大の腹を突き刺す事ができない。

おかしい、といぶかしんだ瞬間、進一の足元から力が抜けた。再びレンガの地面に膝を落とす。そのわずかな衝撃で、手の中のカッターがあっけなく落ちる。
それを突き立てるどころか、握ってられる力すら自分には無いのだと、進一はようやく気がついた。

「…し、……進一…」

耕大の囁くような声が聞こえた。その顔は見えない。
代わりに視線を下げると、自分の腹に耕大の拳が押し付けられているのが見えた。拳の先の両刃が、根元まで深々刺さっている。

痛みよりも、強い衝撃が進一を襲った。
耕大の方が、速かったのだ。

「う、あ……あああ………」

そう何の意味もない声を発したのは、耕大だった。
不快に滲む視界が、耕大の膝と砂埃だらけのレンガをうつす。額に何かが当たって、自分が目の前の耕大にもたれているのだとわかった。

力が入らない。もう、顔を上げる事すらできなかった。

―あぁ……おれ、負けた?

「負けた」という言葉を頭にともした途端、いい知れぬ悔しさがどっと胸中に押し寄せた。温かい両手が、自分の肩を掴んでいる。きついほどの力で、震えながら。

なに震えてんだよ、と進一は静かにそう思った。勝ったくせに。おれの行けない『次』へ進むことができるくせに。まだ生きていられるくせに。

あっけない、という情けなさと同時に、どこか安堵している自分がいるのに驚いた。それは進一にとって全く意外な感情だった。
生き残ると決めて、親友まで手にかけたというのに、結局だめだった。……敵わなかった。それで悔しいのはわかる。
でも、なんでだ。安心してどうするんだよ?
よく判らない。しかし、あまり深く考える気も起きなかった。

「…進……一」

耕大の声が、遠いような近いような不思議な場所から聞こえた。今そこにある顔を見上げる事はもうできなかったが、進一は耕大の顔を見ていた。鮮明に浮かぶ。

ついさっきまで対峙していた、冷淡な表情。さらに数日前には、狙っていたグリップが偶然セールで手に入ったと、そんな些細な事で笑っていた。
それが引き金になって、めちゃくちゃに濃縮された思い出が一気によみがえった。司が部活の練習試合で、やたらとガッツポーズを決めている。まだ中学に上がる前の事。邦聖とはよく、好きなプロのスポーツ選手の話しをしながら一緒に帰った。

進一はどうにかこうにか、記憶を断ち切った。あまり思い出したくない。それは自分から粉微塵に壊して、もう二度と手に入らなくなったものだから。

「なぁ……おれ、たち……おれたちって……」

耕大はそう言ったきり、尻切れトンボで絶句した。進一は続きを待ったが、何時までたっても無言のままだ。

そうだよな……お前も、もうその先は言えないな。耕大…
おれは司。お前はおれだ。こんな友だちが、どこにいるってんだ?

―勝ちたかったな……

しみじみと、最後に進一はそう思った。

まもなく、一人残された人間の嗚咽が、その場に虚しく漂った。











【残り 17人】







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