OBR

□終盤戦
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一瞬何の音かといぶかしんだが、すぐそれが自分自身から発されている事に気がつく。規則正しいその音の出所は、自分のしている首輪からだ。

え、と混乱に陥った拓郎は、思わず足を止める。
昨日の昼に軍人の父屋からやって来たメールのことが、嫌でも思い出された。プログラムが開始してすぐ、自分たちがネットをつなげて現在位置を探っている事が何故かばれて「次に不審な行動をとれば首輪を爆破させる」と告げたメールだ。

―なんで?俺ら、何かした?

そんな脅しをされて以降、自分たちは何もしていない(というか、できなかった)。全く身に覚えが無かった。混乱と恐怖で瞠目する拓郎は、ハッとしてあたりを見渡す。数時間前に、奈緒と二人で確認した禁止エリアの場所が思い出される。正面校舎の、一番右下。
単に、自分が禁止エリアに入っているだけなのだ。

―奈緒、気づいてないのか!?

自分がこうなっているという事は、先を行く奈緒は―
というか、どこ行った?拓郎は今度は追いかけていた姿を求めて周囲を見回すも、既に彼女を見失っている事に気づいた。

「奈緒!……奈緒…!」

焦りのあまり、心臓が不整脈のように異常な鼓動をうった。拓郎は遮二無二駆け出す。このまま謝れず、会えもせずに終わるとか、冗談だろ?なんで離れるんだよ、奈緒のバカタレ。なんで離れちまうような事態に合わせてんだ、俺は。守るって言ったのに。

拓郎はひた走り、廊下の十字路や角に差し掛かるたび、救いを求めるかのように奈緒の背中を探す。けれどそのたびに、無人の廊下が現実を突きつけるだけだった。

「返事しろ!奈緒!」

彼女は足が速くないし、すぐに追いかけたのだから遠くへは行っていないはずだ。が、今の拓郎にそう思索する余裕は無かった。ひたすら辺りを見回し続け、走り続ける。

返事なんか、するわけない。一度思い込めば、本当にそれだけにしか考えの向かないヤツだから。妙に前向きで、弱音も愚痴もめったに口にしないくせに、自分への自信を持てないヤツなのだ。ひとたび自身の失敗や過失を意識すると、とたんに塞ぎ込んでしまう。そんな傾向が特にあった。

電子音は、とめどなく早くなっていく。

「奈緒、ゴメン…!ほんとゴメン!頼むから、戻ってきてくれ!こんなの、あんまりだろ…!!」

拓朗は憚らずに喚き散らした。彼女は自分から出てくる子じゃない。なんとしても、こっちから見つけなければ。
それとも、もうこちらの顔も見たくもないほど、怒っているのだろうか。武器を向けられたあの時に、愛想をつかれてしまったんだろうか、自分は。

「いつもっから、そうだけど…!俺、考え無しで奈緒の言ってることわかってやれなくて、本当にごめんなさい!」

拓郎は誰もいない空間に向かってひたすら叫ぶ。虚しくて仕方がなかった。面と向かって謝らせて欲しい。神でも仏でも、お釈迦でも大王でも総統様でもいいから、たのむから、会わせてください。

「ごめん…奈緒……お願いだ。お願いだから…!」

ふいに、電子音のボリュームが上がったような気がした。

拓郎は大きく肩を上げ下げしながら立ち止まる。荒い自分の呼吸も意識せず、その電子音だけに集中する。それは大きくなったのではなく、音源が増えたのだとわかった。違う場所で、同じ音がしているのだ。すぐ傍の教室らしき一室から。
拓郎は安堵のあまり足から力が抜けそうになる。急いでドアに近づくと、開けてその中に飛び込んだ。

整列する机と椅子にかこまれるように、奈緒は座り込んでいる。

まるめた背中は微かに震え、俯いて頭を抱えている。けれど、拓郎がドアを開けたのも、足音も、そしてピッ、ピッという電子音が一つ増えた事にも、気づいてるはずだ。
拓郎はそんな奈緒へ歩み寄った。手を伸ばせば触れるとこまで来て立ち止まる。

「奈緒」

膝をついて、脅かさないよう静かに名前を呼ぶ。振り返った拍子に、奈緒の頬から透明な一滴が床に吸い込まれていった。

彼氏失格だな。重石を胸に落とされたように、拓郎の心は沈んでいった。死を目前にして、恋人からこんな悲しそうな顔を向けられるなんて。
その瞬間、拓郎の中で何かがぺしゃんこに潰れて、崩壊していくのが分かった。




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