OBR

□終盤戦
19ページ/72ページ







35




早朝の空気というのは、どこにいても変わらないんだな。

町田耕大(男子17番)は仮眠でいくぶん冴えた頭で、そんな事を考えていた。山の稜線から昇ったばかりの日差しはまだ控えめだ。晴天では無いけども空は明るくて、晴れと曇りの間のような天気だ。

静まりきって、新鮮で、まるで夜のうちに取り替えられたような朝の空気。ここが殺戮の舞台だなどと、傍から見れば誰も分からないだろう。そんな雰囲気に包まれた廊下を、耕大は辺りに気を配りながら歩いていた。

普段から耕大は早起きだった。これくらいの時間に起きる日が殆どで、ボーっとすることもあれば、ランニングに繰り出すこともある。ただ今は、そんなさわやかな気分には微塵もなれない。別に自分だけじゃないだろうが。

夜が明けるまでの間、耕大はじっと一ヶ所に留まり続けていた。物思いに沈み睡魔に沈んだその反動が、朝を迎えた現在に及んでいた。
今、気が急いてしょうがなかった。じっとしているのが嫌で、一人でいるのが辛かった。

―焦ってるんだな。これは。

耕大はそう己を見つめ直す。
目下のところ自分の方針は、日笠進一(男子14番)を探して安否を確かめることだった。部活仲間であり、それ以上の親友である進一は、まだ放送で名前を呼ばれていない。
もう一人の親友である坂内邦聖(男子9番)は目の前で死に、さらにもう一人の茂松司(男子10番)は、昨日その名前を放送されてしまった。他に呼ばれていくクラスメイトと共に、耕大は信じられない気持ちでそれを聞いた。

焦った所でどうにもならないのは分かっている。しかし、寮の教室で泣き叫ぶ邦聖の姿を思い出すと、憤ろしくて仕方なかった。自分の知らぬ間にクラスメイトに殺されたという司の事を考えると、恐怖が止まらなかった。
こんな行き場のない、不快な焦りを味わうのは生まれてはじめてだ。テニスの試合で窮地に立たされた時に感じるあの焦燥感とはかけ離れすぎている。

―何に焦ってるんだ

耕大は昨日の教室での出来事を思い出す。邦聖の首が赤く爆ぜる直前、名前を叫んでいたのは進一だった。信じられない、という声音で。

はやく探し出したい。でも、その後はどうするのだろう。自分の命を懸けて守るのか。自分だって死にたくなんかないのに?
それとも……自分のために死んでくれと頼むのか。友だちなのに?

反吐の出るような考えだ。ここまで不安定な思考に陥っているのも、一人で色々考えすぎているからかもしれない。ふとそんな考えが浮かんだ。

しばしば周囲から「落ち着いてる」「動じない」と称される耕大だが、言うほど自立してるわけでも、成熟してるわけでもない。自分がそんな風に振舞えるのは、仲間たちのおかげでもあった。たまに自分が励ましているのか、励まされているのか、判らなくなることがあった。

「お前の目利きがなきゃここまで来れなかったんだから、もっと自信持てって」
「気にすんな。あそこで熱くなれない奴が部長じゃ、むしろ誰もついてかねーよ」
「お前ってほんと、なんていうか、オッサンだよなぁ。たまには俺らに泣き言吐いてもいんだぞ」

部長なんてものになって益々悟ったが、誰かに対して能動的であればあるほど、そのぶん自分が支えられてるものだ。

だからとにかく、探すしかない。
それまで何度繰り返したか知れない思考を、こうしてまた反芻する。いい加減、自分でも倦んでくるほどだ。

突如、異様な臭いがあたりを漂っているのに気がついた。
耕大は止まって身を固くした。くまなく周囲に目をやるも、異常なものは一つもない。どこかで嗅いだような気がする、この臭いは何だろう。生臭いような、鉄くさいような。
そこまで考えて、はっと答えに気がついた。血だ。

耕大は我知らず口を引き結んだ。これに似た臭いを、昨日教室で既に知っている。生まれてはじめて、死体を見た時の悪臭。恐らく、近くに「誰か」がいる。緊張と恐怖がゆるゆると沸き上がった。
ふとポケットにおさめた小さなナイフを意識した。穴に指を通して人を殴るメリケンの先に、刃物がついているという変な代物だった(『プッシュタガー 殴り刺せ!』とだけ書かれたメモが貼り付けてあった。その文面に腹が立ち、丸めて捨てたので今はもうない)。見た目は至極凶暴だが、実用性の感じられないものだった。

止めていた足を、慎重に進める。朝日で明るい廊下は静まりきっている。
やがて中央キャンパス寄りにあたる廊下で、人を見つけた。

黒い学制服姿が、ふたつ。一人は床に倒れている。もう一人が傍に膝をついて、倒れた者の肩に手を掛けている。

「…あ」

その姿勢のまま、こちらを見上げて驚いてたのは、名取準(男子12番)だった。
だが耕大は、もう一人の倒れ伏した人物から目が離せなかった。大柄な体の下から、赤茶色の液体がまるでバケツの中身をぶちまけたように広がっている。うつぶせになって顔が見えないが、髪形や体格から見間違いようがない。

司だ。




.

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ