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□終盤戦
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窓の外が青白い。静まりきった廊下は刻々と明るさを増し、そこに紺野美香(女子4番)は立ち尽くしていた。暗闇に慣れた目はじっと開かれているが、何ひとつ見たくはなかった。

「どういうことか、よく判らないのだけど…」

そうかけられた言葉に、美香はのろのろと頭を上げる。薄暗い中で面と向かった能登谷紫苑(女子11番)の表情からは、驚きが見て取れた。

「それは、このまま死んでくれるということ?」

紫苑と出くわしたのはほんの数十分前。すでに美香は、精も魂も尽き果てていた。プログラム宣告を受けて一日が過ぎただけなのに、面相はげっそりとやつれている。それほどまで美香は、吐き通しなのだ。

紫苑の発した「死ぬ」という言葉に、再び吐き気がこみ上げてきた。苦渋に顔を歪めて、美香は小さく頷いた。

もうたくさん。
もうこんなのは、嫌だ。辛いのも、苦しいのも、痛いのも。



プログラムが開始した昨日の事。寮を出た美香が真っ先にとった行動は、林の奥へ駆け込むことだった。膝をつき、土砂降りの雨の中ずっと嘔吐していた。
少しでも油断すると頭によぎる、担任の戸市教師の死体。まっ赤に塗れる塊り。濃い血の臭いは鼻にこびりついてずっと離れない。美香は涙をためながら、ゲーゲー吐きまくった。

あの光景を、美香は一生忘れる事はできないと思った。あれが人間だったなんて、とてもじゃないが信じられなかった。どうしてあんなひどい事ができるの?どうして、こんな目に合ってるの?戸市先生は、どこにいったの?私たちが、一体何をしたって言うの?
私も、あんな風になるの?

泥沼の思考は働き続ける。嘔吐が落ち着いてからも、しばらく動けなかった。冷たい雨が止み、白日がさしてきてもずっと座り込んでいたが、一度だけかなりの近場で(屋外であることだけは確かだった)銃声が鳴り響いた。怖くなってやっと林から離れると正面キャンパスに入り込んだ。その時にはもう日が落ち始め、雨が降っていたときよりもぐっと冷え込んでいた。

身体中が冷え切っていたのに、それでも美香は迷った。物騒な銃声はそのほとんどが、建物の中だ。恐ろしくてしょうがない。ひどいことが起きるに違いない。

その予感は的中した。

既に放心状態だった美香は、地虫のようなペースで正面キャンパスを彷徨い、やがて一つの部屋に行き着いた。いい加減どこかで体を休めたい。そう思って入り込んだ部屋は、恐らく講堂として使われていたのだろう。

誰もいない。そう思ったのは、一瞬だけだった。机と机の間からガバッと現れた人影に、美香は「ひっ」と悲鳴を上げた。

「何だてめぇ誰だ!!」

その声は錯乱していた。そう気づくなり、美香は逃げだした。何故よりによって人が。
姿も顔も、確認する間すら惜しい。しかし即座に、バタバタと騒々しい足音が背後からした。追いかけて来てる。恐怖のあまり、身体中に電流のような感覚が駆け巡った。

誰だ、とか、ふざけんな、と喚いている方を振り返ると、セーラー姿が目に入る。声色や体つきからして尾方朝子(女子2番)だとわかった。

それまで美香を苛んでいた疲労や寒さが、完全に意識の外へ押しやられた。頭の中で担任の無残な死体がくっきりと浮かび上がる。大きな悲鳴を上げて、美香は死に物狂いで廊下を駆けた。

その廊下が終わる。たどり着いた正面には壁と窓。その右側に、上へ続く階段が伸びていた。

何も考えず、その階段を駆け登る。着実に朝子との距離を開けつつあった美香だが、登りきってすぐ足を止めてしまった。そこには、ぽかんとした表情で立ち尽くす女子生徒がいたのだ。
二人はほぼ同時に、「きゃあぁッ!」と叫びあった。

立て続けの事態にうろたえている美香より、堀川やよい(女子14番)の方が立ち直りが早かった。
やよいとはクラス内でも行動を共にすることが多く、仲良しの一人だった。昼休みは一緒に昼食を食べるし、修学旅行の班も一緒。その一方で美香は、やよいが朝子と真中みどり(女子15番)からいじめを受けていた事を知っていた。

表立って知られてはいないものの、親しかった美香には嫌でも察することができた。美香の印象では、朝子は気に食わないと見るや誰彼構わず嫌がらせを繰り返し、やよいは普段から朝子には怯えていた。

そのやよいが、何かを言おうと口を開く。だが美香はやよいから意識が離れていた。



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