OBR

□終盤戦
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「いいの?わたし、何もできないし……足手まといじゃないの…?それに、なんで信用してくれるの」
「何もできないんなら、信用できるだろ」

空は千夏と、彼女の持っていたマシンガンを思い出しながら言う。そして、「いや…」と言い直した。

「何もできないとか言うけど、美島は結構凄いぞ。ナイフとか銃とか持ってる奴相手にタックルしたりさ。……そのお陰でおれ、助かったんだぜ」
「そんな」
「ありがとうな。お前がいなきゃ多分、あそこから逃げれてもまだテンパって……今ごろ頭おかしくしてたかもしれない。だからおれも、できるだけ、美島を助けたい。つっても、おれだって何も出来ないけどよ」

そう告げ終わった時、恵の肩が微かに震えているのに気がついて、ぎょっとした。

「ごめんなさい……ごめんなさい、あの…わたし、一緒にいたいです。わたしも、助けてもらったから……わたしの方が、助けてもらったから。な、なのに……ごめん」

頭に「?」を浮かべてきいていると、恐る恐る顔を上げた恵が続ける。

「わたし、自分勝手だった。飯塚君が荷物なくしたの知って……ずるい事考えてた……何も持ってないんじゃ…い、一緒に来てくれるかなって」
「え?」
「地図とか、食べ物とか、何にもなくなって…でも私は持ってて……それなら、それならわたしといてくれるかもしれないって思うと、ホッとして………ごめんなさい……あの、一人になるのが凄く怖かったから。そう言ってくれて凄くホッとして……飯塚君はそんな風に、考えてくれたのに。なのにわたし、卑怯だった。自分の事ばっかり」

予想外の言葉に少し鼻白んだ。確かに、禁止エリアや現在地を全く確認できなくなるのは恐ろしいことだ。今この場で頼れるのは恵の地図しかない。けれどそれを無くしたのは、己の自業自得(にしといてやるよ、日笠ちきしょう)でしかない。
べつに、恵が悪い事などない。それを告げようとする気持ちを焦らせた空は、思わず白状した。

「そんなの……おれだって本当は、一人になるのが嫌なんだ。おれだって自分勝手さ。助けたいとか何だとか言ってっけど…それだけじゃないんだ。ゴメン」

恵は首を振る。鼻をすする音がしたが、もう震えてはいないようだ。
そうしながら彼女は自分のバックを探ると、地図を取り出す。空に渡してくれるも、空は礼を言ってそれを返した。恵は地図係になってもらった。

了承してくれた事で、空はホッと胸の中が軽くなる。「良かった」と安堵の言葉を吐こうとして、恵に先を越されてしまった。

「よかった…よかった…」

会話が途切れて、しんと辺りが静まった。でも今度は、殆ど気まずく感じる事のない沈黙だ。そっか。恵の方も、じぶんと一緒にいる気だったんだ。それを思うと単純に嬉しかった。

それで、これからどうしようか。
空は恵の友人の事を、そして自分の友人の事を思った。安否を確かめに、探しにいこうかという考えがほんの少し浮かぶ。しかし同時に、これまで会った人間のことごとくがプログラムに乗っ取った方針を見せている、という事実も浮かんだ。正直なところ、誰かと会うのは極力避けたいと思った。

「よかった」

殆ど聞き取れないようなかすかな声で、恵が呟いた。何気なくその様子に目を向けると、彼女の頭がカクンと大きく傾げる所だった。
その動作に驚いていると、またもやカクンと頭が下がる。今にも寝息が聞こえてきそうな面持ちで、恵は舟をこいでいる。

ついさっきまでおどおど謝ったり、泣き出したりしていたくせに。なんとものん気な事だ。しかしその顔色は青白くて、とても穏やかな寝顔と言えそうには無かった。そんなに疲れていたのだろうか、と考える。そしてすぐに、死ぬほど疲れているのに決まってる、という結論に達した。
今後の事を決めるのは、後回しだ。

―こいつが起きたら……明るくなったら、二人で決めよう。

恵は壁に背を預けたまま、やがて顎を首につけるようにして眠りについた。それを見守ってから、窓の外を仰ぐ。まだ暗い。
恵は「よかった」なんて言ってくれているが、実際自分は何ができるだろう。自分の能といえば走って逃げるだけだ。足の速さなら、クラスで誰にも負けない自信はある。でも、何度も思ったけれど、それがなんだというのか。

空は恵と向かい合うような形で、すぐ傍の机にもたれた。
その時には、自分も半ば眠りかけていた事に、全く気がつかなかった。


恵の寝つきの早さに呆れていた空は、それと殆ど変わらない早さで眠ってしまった。
静まり返った教室に、二人の寝息がくり返しくり返し上がる。誰かがもし教室に入って耳を澄ませば、充分聞こえるほどの大きさだ。しかし、そこを訪れる者はひとりもいなかった。

誰かに起こされることなく二人が眠っていられたのは、単なる幸運でしかない。
短くて、ささやかで、穏やかな。





【残り 25人】






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