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□終盤戦
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通常ならば誰もが寝静まるであろう、夜更け前の時刻を迎えていた。空が明るくなり始めるまでに、もう長くはかからない。しかしまだ、辺りは真夜中の色だ。

「美島、眠たくないか?」

北西校舎の一室で、飯塚空(男子1番)は気になっていた事をとうとう口に出した。暗闇の中から、美島恵(女子16番)の小さな「大丈夫だよ」という声が返ってきて、再び静かな教室に戻る。

著しく憔悴しているような声色だ、と思った。それが何故か空には何となくわかった。0時の放送で名前を呼ばれた佐藤千夏(女子5番)とは、空も同じく会っていたから。
彼女はやる気だった。そして空も恵も、彼女を止める事はできなかった。千夏が殺すと明言していた真中みどり(女子15番)も、同じく名前を呼ばれていた。二人の間に「やりとり」が起きたのだろうか。それとも、互いに関係なく死に至ったのか。どちらが真実かなど知りようも無く、ただただ後味の悪さだけが尾を引いた。
そしてたぶん恵には、共に過ごした学校での思い出も引いているだろう。

空は口を開いた。もし眠いのなら、見張りは自分が受け持つから休んでればいい。そう言おうとした。しかしそんな事を言っても、恵がハイそうですかと安心して寝る気になるだろうか、と考えて言葉を続けられなかった。第一寝ている自分の隣りに、起きているクラスの男子(しかも大して親しくない)がいて、スヤスヤできるわけが無いだろう。

けれど空は、プログラムに乗っ取った行動を恵に対して取るつもりは、欠片もなかった。

「飯塚君は?あの…もう、大丈夫?」
「ああ……ありがとう」

空はぎこちなく頷いた。だいぶ落ち着いていた。日笠進一(男子14番)と遭遇し彼の手に重傷を負わせてから、もう何時間と過ぎている。流石に、いくぶんかショックからは抜けていた。その凶器となった仕込み傘は渇いてこびりついた血で汚れたままだし、まだあの時の嫌な感触がよみがえるけれど。

時間の経過もあるが、一番は恵のおかげだった。動転し泣き言を繰り返す空に、恵は隣りでずっと声を駆けてくれた。落ち着きを取り戻した今は、どうあってもそれを思い出して恥ずかしくなってしまう。しかし、その気まずさを無理やり押しやった。

「飯塚君、荷物なくなっちゃったね……」

恵が出し抜けにそう言ったので、空はああ、うん、と返す。そういえばそうだ。
全く後先も考えず進一に支給品の方のバックを投げつけ、そのまま完全に置いてきてしまった。今現在の持ち物は、ちっぽけでいまいましい傘がひとつきりだ。

だが今は、それより大事なことがある。

「あのさ、美島」
「えっ……うん、なに?」
「これからの事なんだけど、ええと、おれ考えてたんだけどさ」

空は歯切れ悪く言った。しかし今までのようになぁなぁでいるわけにはいかない。

「もし美島さえ良かったら、このまま一緒にいようって思ってるん、だけど」

そんな場合ではないと分かっているのに、顔に火が吹いたようになるのを止められなかった。「一緒にいよう」という言葉の響きに、恥ずかしくて身がよじれそうだった。
でも、そういう話じゃない。これは己の今後に関わるまじめな相談だ。なのでよけいな余韻が生まれる前に、空はすばやく先を続ける。

「心配しなくても、あくまで美島がどうするかで決める事だから。少しでも反対って気持ちがあれば、もちろんムリにとかじゃない。でもおれは、その、さっきの……日笠とかので、一人って危なすぎると思ったんだ。それに美島なら……今まで、2回も助けてもらったお前なら…信用できるんだ」

さっと、闇の向こうの顔を窺う。恵は目を開いて、驚ききった表情をしていた。

「あくまでおれの意見な。別に合わせてもらわなくていいから…いや、ほら……なんか美島たちって、美島とか紺野とかって、クラスで周りに合わせてる印象あるからさ…そういうの無しで、本当のところでいいから……どうしたい?」

これはプログラムだ。

この先自分ではない人間とずっと一緒にいるということ。生きて帰るのは一人だけという考えを常に持ちながら、隣りの誰かと過ごすこと。いつかそれは必ず重荷になる。そういう状況だ。

進一と鉢合わせる前の自分は、その重荷に耐えられる気がしなかった。そんなのを担いでまで誰かといたいか?そんな気持ちのまま、恵といた。でもその迷いは、あらかた拭い去られていた。

『わかってるよ』

そう言った時の恵の手が、どんなに暖かかったことか。
誰も殺したくない。殺されて死にたくもない。そして、それと同じように、空は一人になりたくなかった。

「どうして…?」

沈黙していた恵は、出し抜けにそう聞き返してきた。え、と面食らう空を見ずに、彼女は俯いて喋っている。



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