OBR

□終盤戦
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「いくらなんでも、危なすぎるじゃないですかこんなの!取調べじゃ、済まないですよ……」

ライブの裏方陣にしても、この人も、政治的な思想なんか欠片も持ってない事を、真紀はわかっていた。椎名さんにそんなものがあるのなら、横森家で飼っている猫の豆太郎にだってあるだろう。

「死んじゃったら、どうするんですか」
「……決まってるべや。生まれ変わるよ。今度は、あの国にな」

この人はロックしか頭に無いのだ。まるで他のものなんか、見てもいない。

規模はさらに大きくなっていき、そしてその裏で、いざこざが絶えなかった。椎名さんに言わせれば、本物の反政府団体というのはこんな場所で目立つような真似はしないらしい。己のスポンサーが、反政府に託け何かと暴れたがっているだけの連中である事を、理解しているようだった。

彼の夢があっけなくついえたのは、何度目かのライブの夜だった。

会場だった地下の一室に、突然たくさんの警察が飛びこんできた。ステージにいるメンバーは有無を言わさず引きずり降ろされ、警告と罵声が飛び交った。騒然となった会場で警察に殴りかかる者が出はじめると、警察たちは一切の躊躇いも無く発砲した。

パン、という乾いた音と、絶叫。あらゆる人間があらゆる方向へ駆け出していく中、恐怖で動けないでいる真紀の元へ兄が飛んできて外に連れ出した。

「いまの…いまの……椎名さん?」
「違う、たぶん。でも、あいつのことは口にするな。いいか。絶対『知りません』で通せよ」

その時は兄が何を言っているのかわからなかった。だがその直後に二人は、待ち構えていた別の警官達によって瞬く間に補導されてしまった。

後で知った話だが、その日その場所にいた人間は一人残らず警察へ連れて行かれ、聴取を受けたらしかった。椎名さんの願いに反して、「奏者も聴衆もすげぇパワーでひとつに」なることはなかった。抵抗するどころか、自分も含めて皆が蟻の子を散らすように逃げ出し、そして全員捕まった。それだけ警察は大掛かりにその場を包囲していたのだ。
真紀も警察署の一部屋で、二人の警官から取調べのようなものを受けた。まるっきりドラマの中の犯人と刑事の図だったので、少しだけ驚いた。

その生気のない冷たい顔は、「反政府主義者」を目の当りにしている目つきなのだと真紀は理解した。横柄な大声で繰り出される質問と罵倒はいつまでも続き、このまま二度と家に帰れないのではないかという心細さがつのった。

「退廃文化に目覚めたクソども」
「いつからこの集まりにいた」
「社会の汚物」
「主催者の名は」
「いない方がいい非国民」
「人数は。年齢は。特徴は」

真紀は泣きながら低い声で、震える声で、同じ言葉を繰り返した。
知りません。知りません。誰も知りません。

まるであの人を、あの人がくれた言葉を、あの人が教えてくれた歌のメロディーや歌詞を、自分でずたずたに引き裂いてるかのような心地がした。



それ以来、一度も椎名さんの姿を見ていない。
唯一の接点だったライブは完全に消滅し、そこで得た顔見知りとも半数近くと連絡が取れなくなった。ほんのわずか取れた人の口は重い。そうでなければ、真紀のように何を知りようもない者たちだった。

事件が起きてから今に至るまで一貫して起きている噂は、主催に関わった人間は全員殺されてしまったというものだった。少なくとも、あの時の発砲で撃たれた一人は、亡くなったという。



拳銃と悲鳴。逃げ惑うたくさんの人間たちと、警察の怒りと侮辱に満ちた目つき。
まさかまた同じような目に合うとは、と思わずにはいられなかった。真紀はガレージの暗い闇を睨んだ。同じどころか、今の自分は死を避けられないのだ。あの時みたいに、ここから引っ張り出してくれる兄は、勿論いない。
自分と同じく、補導暦のついてしまった兄。厳しい顔で二人を叱った父さん。心配のあまり真っ青になっていた母さん。三人と一匹のいる家と、そこにある秘密の歌詞ノートの事を思った。

それから、数回しか経験しなかったライブの熱狂も。あの人の子どもらしくない、擦り切れたような笑い顔も。パン、という乾いた銃声とお腹に響く振動も。わざとそう設計したかのように居心地の悪かった、警察署の椅子の感触も。

―いつか、必ずひっくり返るぜ。それが「こいつ」の力なんだ。けちな連中が、いつまでも押さえつけてられるわけがない。

真紀の弾くピアノ(キーボードだったけども)を聴きながら、椎名さんは静かにこぼしていた。

―何もなくっても、おれたちには歌がある。

そうだね。歌があるね。真紀は己の膝に顔をうずめながら、そう呟いた。声には出さず、頭の中で。沸きあがって止まらない感情を、どこかに逃がしたかった。

でも、あたしは今どこにいるの。
…あなたは今、どこにいるの?

悔しくて、情けなくて、たまらなかった。
そんな資格はないと分かっていても、会いたくてたまらなかった。





【残り 25人】






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