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□終盤戦
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綱渡りなライブを成功させながらも、椎名さんはそんな言葉を吐き出したのだ。

「見てろよ、その内こんな演奏会とは違うもんを、見せてやっからな」
「ライブって、演奏会じゃないんですか?」
「ああ?違う違う!ライブってのはもっとバンドがたくさん集まって、ステージもあってそいつら目当てのオーディエンスがうじゃうじゃいて……そいつらがすんげぇパワーでひとつになるんだよ。わかるか?」
「ええ?いまいち……って言うか、全然」
「お前こりゃあな、ただ練習風景を覗き見してるだけだぜ。ライブじゃない。俺はいつか、でっかいライブをやるのが夢なんだよ」



そんな彼の影響で、真紀は日に日にロックへの関心を高くしていった。
小さい頃からピアノを習っていたおかげで、耳に残るメロディーやお気に入りのフレーズを弾いて覚える事ができた。歌詞はほとんど判らなかったが、椎名さんに尋ねると色んなウンチクと一緒に教えてくれた。

椎名さんに教えてもらって歌詞の訳をつづったノートは、真紀の宝物だった。今は大切に自宅の部屋の引き出しに仕舞われている。
歌詞の内容は意味不明なものもたくさんあったけど、感動するものも同じくらいあった。たとえ国境が違っても、考えたり感じたりする事は、みな同じなのだ。

そんなのは知らなかったし、考えてみた事すら、なかった。

「さっきのこれって、カバーですよね。何て曲ですか?」

演奏が終わり、奏者も聴衆も入り混じってがやがやとお喋りをしている中、真紀は椎名さんにそう訊ねる。耳コピしたその曲をキーボードで叩いて聞かせると、彼は驚いてから、嬉しそうににやりと笑う。

「耳いいな。聞いたことあんのか?」
「ぜんぜん、初めて。だからきいてるんですよ」
「初めてでそんなスラスラ弾けんのか、やるじゃん!『every breath you take』だ。ポリスな。これ、実は歌詞がかなり怖くて……」

真紀は褒められたのに舞い上がり、その後延々と続いた歌詞のウンチクを半分以上聞き漏らした。
真紀はロックに夢中になったが、椎名さんの話をきくのが何よりの楽しみだった。彼はどうしてそんな事知ってるのかと疑問に思うような逸話をよく知っていた。

「…いいですよね、歌詞。ちょっとついてけなかったりもするけど……でもなんかこの頃、悔しいなぁって思うんですよね」
「へぇ、なんで?」
「だって、ずるくないですか?あたし達がやっとの思いで判ることとか、感じる事とか……もうみんな、歌詞にされちゃってるんですよ」

『勝つものもいれば、負けるものもいる』とか『何かを手にするには、何かを捨てなければいけない』とか。
自分が悲しんだり苦しんだりして、やっとたどり着く事柄を、先人たちはちゃっかりと言葉にしてしまっている。まるで、そんな事は当たり前だ、とでも言われてるみたいだ。
そのことに感動を覚えながらも、真紀は小さな悔しさも感じてしまうのだった。ちっぽけな事だけれども。

そんな風に思ってると、突然髪の毛をくしゃくしゃに撫でられた。びっくりしてその無遠慮な犯人を見上げる。嬉しそうに笑う椎名さんの顔とかち合った途端、一瞬だけ心臓が跳ねた。

「そうそう!アイツらは見境ないんだよ。みんなが同じように感じて同じ思いをするもんだから、アイツらは歌わずにいられないんだ。『こいつはおれだけの感覚だ!』ってさ……それが悔しいんならよ、話は簡単だよ。お前も、歌えばいいんだ」

彼はまっすぐ真紀を見据えて、指を突き出した。
この人は実にカッコつけておるな、と真紀は思った。そして実際、凄く格好いいと思った。本当に。どうしようもないほど。
妙に息が苦しい。恥ずかしくなって、真紀は思わず鍵盤に目を移した。

「歌は…下手だから、いいや」
「クールに流すなぁお前。ピアノあんだろ。ピアノで歌えよ」
「ピアノは歌わないよ、弾くんだよ」
「めんどくさいなぁお前」



それからしばらく経って、徐々にライブの様子が変わり始めた。

活動は活発になった。防音の聞いた広いスペースを借りれるようになった。有料の施設だ。人目を引けないので、こんなあからさまな場所になど出入りできないはずなのに。
人数が増えバンドが増え、規模がどんどん大きくなっていく。最初のつつましいライブが「練習風景」と称されていた訳が何となくわかった気がした。

「スポンサーみたいなの、みっけたんだよ」

椎名さんは肩をすくめて気軽な口調でそう言った。
しかし、相手は全く気軽な連中ではなかった。彼の言葉の端々や、兄達の拾ってくる噂によれば、そのスポンサーは「反政府」を掲げる危なげな団体らしかった。

「そんな……大丈夫、じゃないですよね。その人たちって…」
「そりゃ、まともな連中じゃ俺たちみたいのに手を貸しちゃくれんだろ」




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