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□終盤戦
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地図上で「ガレージ」と示されている建物に、横森真紀(女子20番)はうずくまっていた。

その建物は広く、大型の車体が同じ向きで並んでいた。農業に詳しくない自分には、それがどういう畑作業に使うものなのか判らない。入口は対角上に二つあって、そのすぐ傍の車の影に身をひそめている。そうして、何も起こらない限りここから動かないと決めていた。

一時間ほど前に響いた定時放送はガレージの中でも聞こえたが、真紀は特に何もしなかった。ただ自分のいる場所が、禁止エリアとかいうのにならないか確認するだけ。地図のエリアにも生徒の名前にも、何も書き込んでいない。
一番最初の放送で園部優紀(女子6番)の名が挙がって以降、そんな気は起きなかった。

優紀は親友だった。クラスメイトで唯一、真紀が「ロック好き」を憚らずにいられる程の友だち。
その優紀がもうこの世にいないと知らされ、それまで自分の死ばかりを考えていた真紀は、衝撃を受けた。どこへ行き何をする気にもなれなかった。思い出したように泣いては、ただ目を腫らす。

重苦しく長い時間が過ぎた。その中で何度か、やはり出てみようか、どこかに眠っているという優紀を探しに行こうか、という考えが首をもたげた。そうして、支給武器と思われる小型の電動ノコギリ(テープで貼り付けられたメモには、「充電バッチリ!」とだけ書かれていた)を両手で握る。だけども、それ以上何もしなかった。

―不参加です。不参加。そういうの、ゴメンですわ俺。

耳に焼きついたあの人の声が、かき回されたような思考の中に度々ぽとんと落ちてくる。
もう一年も前だろうか。彼は、しつこく反政府運動を掲げては己のライブをその方向へ引きずり込もうとする連中に、そう言っていた。

彼との出会が、真紀をひとつの世界にのめりこませた。
このプログラム執行を強要する政府が「退廃音楽」と呼ぶ、遠い国の音楽だ。ロックという名前がちゃんとあるけれども、何しろ違法なので声高にそう呼ぶものはいない。
それぞれの楽器の奏者が集まってバンドを組み、演奏にあわせて歌う。「退廃」してない音楽との違いは、それが大抵英語の歌詞である事(中にはオリジナルの曲を披露する者もいたが、たいていがカバー曲だった)、そして国家だの何だのを褒め称える内容ではない事だ。

家族、友人、恋人……ある特定の人物へ向けた言葉たち。一見何て事ないフレーズや挨拶のような歌詞に込められた強いメッセージ。一人の人間が込めた「本音の叫び」がそこかしこに散りばめられている。
そんな歌が、本当はこの世界には星の数ほどもある。準鎖国体制の下、他国を目の敵にするこの国にさえ、それが漏れてきてるほどだ。

―こんな国に、生まれてこなければ。

考えても仕方のない事だと判っている。でも、そう思ったことがないといえば、大嘘になる。
勿論、お兄ちゃんやお父さんとお母さんの家族として生まれたことに、全く後悔などしていない。わずらわしい時だってあったけど、真紀は家族が好きだ。

でも、もしこんな国じゃなければ、もっと自由にこれらの歌たちを聞けたはずだ。
大勢の中学三年生が、こんな目に合わずに済んだはずだ。真紀や、このクラスのみんなは楽しく修学旅行を迎えていたはずだ。
あの人だって、居なくならずに済んだはずだ。



その人は「椎名さん」という、真紀より3つ年上の男の子だった。下の名前は知らない。誰に聞いても、「そんなの知らん。椎名でいいんだよ」という答えで、みんなが彼を椎名くん、シイナ、と呼んでいた。

「椎名さんって、名前なんていうんですか?権三郎ですか、磯兵衛ですか」
「あるいわ勘九郎だな。あとはカート、閣下、カイザースラウテルンの中から好きなの選んでいいよ」

ちなみに本人に名前を尋ねると、そんな風に返された。

真紀の兄と知り合いでそのつながりも浅く、名前を含む詳しい身の上は全く耳に入ってこなかった。それでも、最終的には兄よりも親しく話し合うほどの間柄にはなっていた。

椎名さんはキーボードを弾いていたが、特定のバンドには入っていなかった。あっちの飛び入りゲスト、こっちの助っ人として加わるだけ。バンドマンというよりは、洋楽オタクと呼んだ方がいいかもしれない。そして演奏者というより、演奏者を集める裏方の人でもあった。

「こんなもんは、ライブじゃぁない」

ガンガンに鳴り響く演奏の隙間から、彼は叫ぶように言った。そうしないと到底、耳に入ってこないのだ。
椎名さんたち裏方の人間が出没するのは、ある豪邸の一室の時もあれば、うらびれたビルや小さな喫茶店の二階の時もあった。そんな場所にそれぞれ違う学校や職場のバンドメンバーが集い、コッソリ、しかしガッツリ弾き鳴らす。裏方陣が管理する秘密のネットワークによってそれは告知され、そのバンドが好きな人がこれまたコッソリ見にいく。
勿論こんな行為が公共の下に曝されれば、警察がすっ飛んできて御用となる。


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