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□終盤戦
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とっさにあげた制止の声は、3発の銃声に呆気なく掻き消された。
そこから先の光景に、時間が凍りついたかのようだった。横たわった梶原亮(男子5番)の頭部が飛び散って、周囲の草地を点々と汚している。

菅野優也(男子8番)は、3人の仲間たちと共に立ち尽くしていた。何か言いたい。けれど思考ばかりが駆け巡り、それ以上のことができない。そんな優也がやっと己の感情に追いつけたのは、亮を射殺した能登谷紫苑(女子11番)がこちらへ顔を上げた時だった。目が合うと、情けなくも足元から震えが湧き上がった。

彼女とは、顔を辛うじて認識できるくらいの距離があいていた。たとえ顔が判らなくても、そのきっちりと見本のように着こなしたセーラー服姿で判別できただろう。
彼女が見本のようなのは服装だけではなかった。品行方正で、常にお淑やかなお嬢様。争いや諍いとは(まして殺し合いなんぞ)無縁のクラスメイトといえば、真っ先に浮かぶ。それが紫苑に持つ印象だった。

そのはずの彼女が、こんなにも怖い。理由は明らかだった。ぱん、ぱん、ぱんと、亮の頭に当たるまで止まらなかった発砲。明らかに殺害する意思を持って、彼を撃った。
にもかかわらず、今彼女はいつも通りの穏やかで凛とした笑みを浮かべてる。どう見ても、人を殺めて動揺している様子ではない。

四人と一人の間には依然として静寂が落ちていたが、そんな凍てつく空気など関係ないとばかりに、不快な声が辺りに響いていた。5回目となった定時放送だ。
「まずはここ3時間内の、死亡者の発表です。じゃかじゃん!」
がびがびと耳障りな大音響で、父屋はクラスメイトの名を読み上げていった。だんしじゅうはちばんむらかみこうたろうくん。じょしじゅうにばんはえだみずきさん。

ひとり、またひとりと同級生が減っていく事実。それが遅々として実感されないのは、非情にも人の死に慣れてしまっているからか。それとも、この理解不能人間と対峙する不気味な現状のせいか。

「何だか、久しぶりね。変な感じ。いつものみんなが集まってるのを見ると、気がほぐれちゃいそうだわ」

放送の音に負けないよう、紫苑は優也たちに向かってそう声を張り上げた。
そんな紫苑があまりにいつも通りなので、優也は凝り固まったような恐怖を上手く飲み込めなかった。だんしじゅうよんばんひがさしんいちくん。じょしじゅうろくばんみしまめぐみさん。この上なく苦いものを無理やり口の中に押し込まれたような、ひどい気分だ。

「なに…、なに笑ってんの」

真横で、南小夜(女子17番)が搾り出すように返事をした。だんしいちばんいいづかそらくん。

「あんたもなの、紫苑!あんたもこんなの、やる気になっちゃったの!?」
「当たり前でしょう」

紫苑はちょっと困ったように苦笑して、事もなげに頷いた。聞き分けのない、小さな子どもを見るような目だ。

「みんなは違うの?銃声を聞きつけて、ここまで来たんでしょう?梶原君は今倒したから、あとは私と―」
紫苑は背後を指差す。その先には、校舎とは違う建物の壁が見える。だんしろくばんかまぎこうすけくん。
「あそこに、真紀ちゃんがいるだけよ」

絶句する優也たちの上空から、追い討ちをかけるように父屋が続けていた。そしてたったいまだな、だんしごばんかじはらりょうくんです。いじょう!
紫苑は少し、ほんの少しだけ得意そうに首を傾げて「ね?」と笑った。

「ま、真紀ちゃんも撃ったの…!?」
「いいえ。恐らくだけど、梶原くんでしょうね。撃ったのは。今名前を呼ばれなかったから生きてるんでしょうけど…あの様子じゃ、可哀相だけれど動けないと思うわ」

気遣わしげな口調で言ったが、台詞はひどく淡々としている。すぐ傍にいるのだという横森真紀(女子20番)を助命する気はないのだと、それでわかった。
優也は紫苑の向こうに覗ける建物を見やった。もしあそこに真紀がいるのが事実で、すぐにでも手当てが必要な状態だとしたら。
視界の隅で、小夜がわなわなと小さく震えている。怒っているのだ。小夜のそんな様子が引き金になって、鈍く滞っていた自分の感情も今になってやっと戻ってくるのだった。

「一応…聞いとくけど、何があったんだよ…。横森ちゃん撃たれたってんなら、こうしてる場合じゃないだろ」

優也は非難をにじませてそう吐き捨てる。だがこれにも、紫苑は事もなげに「それはどうかしら」と返答した。

「私が銃声を聞いてあのガレージに行ったときには、真紀ちゃんはもう倒れていたわ。梶原君と何か言い合ってたみたい。それで、真紀ちゃんはいつでもとどめをさせそうだったから、先に梶原くんを倒す事にしたの。今は菅野君たちのお相手をしないといけないから、やっぱり後回しね」

一瞬、何の事を言っているのか分からなかった。紫苑が一歩こちらに踏み出す。銀色の銃が嫌でも目にとまって、それで優也は「お相手」の意味を察した。




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