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□終盤戦
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ガレージの中にいた3人のうち、一番最初にそこから出たのは、梶原亮(男子5番)ではなかった。彼が錯乱しつつ飛び出したときには、横森真紀(女子20番)はすでに外を這い進んでいた。

あの時、閉まっていた筈のドアが開いていたのを見つけると、真紀は傷の痛みに耐えながらそれを目指した。やがて入り込んでいたらしい能登谷紫苑(女子11番)と亮が撃ち合いを始めたが、真紀はその結末を見届けることなくガレージを後にした。

とはいえ、いくらも離れていない地点を虫のように這っているだけだ。痛みは間断なく付きまとい、何より体に力が入らない。立ち上がる事はもうできなかった。

どこにも、もう行けないんだろうか。

そんな気持ち…というより予感を振り払い、真紀は少しずつ進んでいった。もう荷物はない。とっさに手にした会場地図と、小さな電動ノコギリだけだ。

ガレージの反対側から、銃声が何度も響いた。きっと、亮か紫苑のどちらかだ。
よく見知ったはずのクラスメイトは、今なお殺し合っているのだろう。あそこまで目の当りにして、流石に信じられないとは思えなくなっていた。

むしろ、こうして二人から離れられたことの方が、信じられない事態かもしれない。

椎名さん、見てて。
雑踏を眺める懐かしい横顔が、脳裏に浮かんだ。
最後くらい、私も人間の本能を持ってみせるから。ここから、こんなふざけた地獄から、自分の足で出て行くんだ。

ぴんぽんぱんぽーん

そんな真紀の上空を、突然の大音量が震わせた。

「ランチタイムだ!みんな。やってるかい!?12時の放送、始まるよ〜!まずはここ3時間内の、死亡者の発表です」

不快な政府の人間の声が、嫌でも真紀の耳に情報を押し付けてくる。

「じゃかじゃん!男子18番村上幸太郎くん。女子12番椪田水透さん。男子14番日笠進一くん。女子16番美島恵さん。男子1番飯塚空くん。男子6番鎌城康介くん。そしてたった今だな、男子5番梶原亮くんです。以上!」

クラスメイトのフルネームが呼ばれ始めると、真紀は石のようになった。ついさっき自分を撃った亮が、その死亡が、まるで何でもない事のように告げられた。まだ鮮明に思い出せる、ぶるぶる震える銀色の銃と、その暗い穴。

真紀はぎゅっと目を閉じて、不愉快な声が消えるのをひたすら待った。

「次に、禁止エリアいきまーす。13時よりI-4、15時よりG-13、17時よりD-1だ!
えー、現在開始してから26時間が経過していまーす、素晴らしい!みんなは一日を乗り切ったぞー!胸を張ってここからも頑張るんだ!!ではまたね!」

ぶつ、と音が途切れて、放送が終わった。
しんと静まり返った中で、真紀も同様にじっと止まっていた。そして、目を閉じたまま顔を地面にうずめる。

―進まないと。行ける所まで。
そう思うのに、動くのが億劫でしかなかった。

お腹の傷は、もうどう考えても致命傷だ。こうなった今こそ、自分は本当にやりたかった事を実行しなければいけない。
どちらにせよ、死んでしまう。もう自殺も何もないのだ。はやく、出て行こう。こんな所で伸びて死ぬのではなく、プログラムを否定して。

「……う、…うぅ」

なのに沸くのは力ではなく、無意味な嗚咽だけだった。
どこにいるんだろう、椎名さん。どこかで生きているのなら、それが一番だけれど。もしもう生きていないなら、地獄で死んだ自分を笑ってほしいと思った。あの時、無様に彼を否定した卑怯者を。

ざっ、とすぐ近くで音がした。風がたてる微かな物音ではない。
地面を擦る足音だった。

気のせいなら良いのに。恐怖と嫌悪で縮み上がりながら、真紀は耳をそばだてた。ざざ、と確かに同じ音が聞こえる。

もしかして、紫苑が戻ってきたんだろうか。それとも…

「だ……だい、じょうぶか…?」

しかし、かけられた声は紫苑ではない。絞り出すような男子の声は小さく、震えていた。
誰だろう。真紀は歯を食いしばって顔を上げたが、視界がにじんでよく見えなかった。ぼやけた学生服を無言で見つめ返す。

「手当て……いま、血止めるから。しっかりしろ」
「きみ、だれ」
「あ………名取」

男子はそう名乗ると、ピタリとその場に立ち止まった。名取準(男子12番)とは、真紀はまともに会話したこともなかった。
準の声は途切れ途切れで震えているようだった。

「それより、き、傷……すぐ、何とかしないと…」
「ううん……」

真紀は準に分かりきった事を告げた。なぜか笑うことまでできた。

「何とも、ならない…と思う、よ」

準は無言だ。
亮や紫苑以上に、何を考えているのか見当のつかないクラスメイトだった。早く逃げ出すべきなのだろうが、それでも体を動かす気になれなかった。

それに今の所、亮が見せたような攻撃的な雰囲気はない。霞む目のせいで正確に確認できないが、武器を持っている素振りも無しだ。

「そ………そう、か…」
「…うん」

そう言ったきり、また黙り込んでしまった。



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