OBR

□終盤戦
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横森真紀(女子20番)は、片足が痺れはじめているのにふと気がついた。どうやら良くない姿勢でい続けてたようだ。

プログラム開始から夜を向かえ、翌日の朝が過ぎようする今になっても、真紀は眠れずにいた。何も考えない無意識の中に落っこちてはふと我に帰る、というのを幾度も繰り返すだけだった。
あまりに長時間、一歩も動いていないせいか、所謂「目をあけながら寝る」を生まれて初めてやっているのだった。

彼方へ飛ばしていた意識が勝手に戻ってきた事で、真紀はガレージ内を見渡す。
相変わらずだ。かすかなガソリンと土の臭い。窓からさす明かりの中で埃が舞っている。居たくもない現実を突きつける、見たくもない風景。急速に気持ちが沈んでいった。

このまま、眠るように死ねれば、楽なのになぁ。

真紀は自分がクラスメイトを押しのけて生き残れるとは最初から思っていない。いつか何かしらで死に直面するのだと分かっていても、やはり恐い。だからこそ、こうして一歩も動かずにいるのだが、ふと考えてしまう。
ここで意識を飛ばしているのと、死んで動かなくなるのと、何が違うのかと。

仮に今、外へ飛び出して「私はここだ!殺してみろ!」と叫んでみたとして、結果は殆ど変わらない事に気がついた。見つかって殺される。それは、今の自分だって同じだ。
いっそ早く見つかって死んだ方が楽なのかもしれない。けれど、そんな決断を下す勇気はもっていなかった。

最初から、私に勇気なんてものがあれば…

思ったより大きくなっていく足の痺れに耐えるように、真紀はスカートの丈をきつく握った。

本当は、他にも考えていた事がある。ここでじっとしているのでも、クラスメイトに殺されるのでもない、別の死に方だ。
そんな勇気は無くて結局、こうしている訳なんだけど。

次の瞬間、ガレージのドアが突然開いた。

ドアノブがガチャリと音を立て、真紀は飛び上がった。
恐れていた事が今まさに起きた。人が来たのだ。それは自分が殺されるという事に直結している。ぶわっと嫌な震えが全身に走った。

真紀は息を押し殺す。自分の今いる場所がドアから死角である事は、既に散々確かめていた。向こうはこちらに気がついていない筈。恐怖を宥めて、真紀は自分に言い聞かせた。

じり、と砂混じりの床を踏んで、気配がガレージに入ってきた。警戒しているのか、足音は静かでゆっくりとしている。

誰なのか確かめたかったが、不用意に覗き込んで見つかりたくはない。緊張で軋む腕を伸ばし、傍らの荷物を持ち上げた。
これまでの放送を全て聞き流していたことがちらりと頭に浮かぶ。外にある禁止エリアというものが全く把握できてないけれど、こうなっては仕方がない。足音が奥へ進むのを見計らって、ドアから脱出しよう。そう思いつくと段々落ちついてくる。まだ終りじゃない。まだ何とかなりそうだ。

ああ。やっぱり、こんなに……死ぬのって、恐い。

これだけ「死」で八方塞になっていて、もう生存なんか諦めているはずなのに、どうしてこんなに嫌なんだろう。何がそんなに恐いのか分からない。生き物の本能というやつなのかも知れない。

『人間にしかない本能だな、きっと』

ふいに、遥か昔の記憶が蘇った。
でも今は、それ所じゃなかった。気持ちを切り替えようとする。

真紀は緊急事態のあまり、己の足が痺れているのを失念していた。その上ただの痺れで、今となっては二の次にして堪えるものとしか思っていなかった。
だが足は、堪えてくれなかった。

思いの他強い痺れに爪先が地面に引っ掛かる。よろめいた真紀の肩がトラックに勢いよくぶつかり、グラグラと左右に揺れ動く。

どんっ、と轟くような銃声がして、真紀は尻餅をついた。
震えて動けなくなっている間にも再び銃声が鳴る。それは真紀の右後ろの壁に当たり、小さな破壊音と共に土埃を撒き散らした。

心臓だけが、狂ったように真紀の中を叩いている。そんな中、足音が近づいてきていた。さっきと同じ、警戒するような静かさだったが、真紀はそれを聞き逃さなかった。

足音の主がやってくるのを待っていられる胆力は、真紀には無かった。
弾かれるようにその場から駆け出して、ドアに飛び掛る。足の感覚が恐怖で塗りつぶされて、痺れているのかどうかももう分からない。
どんっ。再び重たい破裂音が轟いた。それにあっさりとバランスを崩して、ドアの目の前で倒れこむ。

「たすけて」

震えながら、やっとそれだけを吐き出した。
しん、とその場が静まる。相手に聞こえてるのかどうかも不明なまま、真紀は叫んだ。

「出てくから…何にもしない、から…おねがい…!撃たないで」
「じゃぁ何で、コソコソ隠れてたんだ」

恐る恐る顔を上げれば、並列する車体の間に立っているのは梶原亮(男子5番)だった。その声色は、真紀に負けず劣らず擦れて、精一杯絞り出しているのだと伝わってきた。



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