OBR

□終盤戦
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臭いというのは鼻の奥に染み付くものみたいだ。それも、嫌な臭いというのは。
そういえば小さかった頃、ふざけ半分で嗅いだ親父の靴下が強烈過ぎて、ずーっとそれが鼻に残ってた事があったっけ。あれと一緒だ。

鎌城康介(男子6番)はそんな事を考えながら、雑草だらけの砂利道を歩いていた。
現在、度々甦るのはかぐわしい靴下のそれではなく、血の臭いだった。気持ち悪い、とも、もう思わなくなっていた。ただの血の臭いだ。

今康介が向かっているのは、地図上で「人工池」と記されている謎の場所だ。
それまでは正面・北西校舎をうろつきまわり、全く人に会えずにいた。一夜明け、外に出てみるとビニールハウス付近でやっと村上幸太郎(男子18番)と椪田水透(女子12番)に出会えた。二人をしとめてから付近を慎重に探したが、他にクラスメイトはいなかった。なので、こうして移動をはじめている。

校舎では中々人に会えなかったのに対して、屋外ではあっさり見つけられた。クラスメイト全員が何を考えどこにいるかは判らないけど、ひょっとしたら外にいる人数のほうが多いのかもしれない。とはいえ、時たま鳴り響いた銃声が屋内の時もあったから、一概には言えないか。

康介はちらりと上を仰ぐ。これから晴れるのか、それとも雨雲になるのか、判然としない天候だ。

人工池とかいう所でも、誰か見つかるだろうか。何となく行ってみる気になったのは、位置がちょうど近場である事と、誰から見ても目立ちそうだと考えてのことだった。会場の隅という分かりやす場所柄、ひょっとしたら落ち合い場所なんかに使われてるかもしれない。

けど、もし誰もいなかったら、少し休もうかな。
別段、休みたくはない。じっとしていると余計なあれこれを考えて、そのまま動きたくなくなるかもしれなかった。それは嫌だが、生き残る事をちゃんと考えるなら、ぶっ続け動き通しいう訳にはいかない。休めたら、だけど。

血の臭いがまた蘇る。それと同時に、湿った草と地面の匂いもする。康介は、どちらも気にならなかった。
祐斗の奴も、これと一緒の臭いをかいでるんだろうか。何人殺したろう。

んなこた無いだろうけど、もし怖じ気づいて何もしてなかったら、ぶん殴ってやる。それとも逆に、俺以上に頑張ってたりして。それとも今ごろ、もう……

康介はそこで考えをやめた。停止せざるを得なかった。あいつが死ぬ所は想像できる。けれど、あいつが死んだ後の自分が、上手くイメージできなかった。落ち込むのか、安堵するのか、悲しむのか、喜ぶのか、その全てか。それとも全く変わらず、いつも通りなのか。

クラスメイトを殺すのには、大して抵抗を感じられない。最後に待ち構える祐斗との勝負に比べれば、気安いものだ。もしその前に祐斗がヘマして死んだなら、気安い「ただの殺し合い」をこなせばいいだけ。正直このクラスでいなくなって心底残念に思うのは、祐斗だけだった。
それでも、勝ちを彼に譲る気はないけれど。

自分以外は他人だ。勿論、祐斗も他人だ。俺じゃない。
どんな人間だって、自分が一番大事だ。死ぬのを惜しまなきゃいけないのは、俺だ。祐斗じゃない。

考え込まないようにしていた「余計なあれこれ」を考えながら、康介は砂利の道を歩く。途中、畑からと思われる道が砂利道に合流し、轍の入った太い一本道へと変わる。その頃には、遥か前方の地面が砂利ではなくアスファルトになっているのが確認できた。たぶんあそこに、池があるのだろう。

康介は足を止めた。真正面から入って、誰かさんに見つかるのは避けたい。理想は、気づかれないように忍び寄って麻酔銃を撃ちこむやり方だ。これが決まれば、二対一だろうがいける事は立証ずみだった。
康介は道から逸れ、木立ちの中へと向かった。

湿った地面は枯葉で覆われ、ガサガサと音がする。背の高い雑草や、中途半端に伸びた木の枝が鬱蒼としている。じっと身を潜める分にはいいが、移動するときは物音をたてないよう注意しないと。
そんな風に考えたからか知れないが、ガサッと渇いた足音を聞いた気がした。

康介は辺りを注視する。静かな道と木立ちは相変わらずで変化がない。来た道を振り返ってみても、同様だった。
気のせいだろうか。そう思いつつも、もう一度耳をそばだてる。背後の薮を見やったとき、康介は今度こそその音を聞いた。
ぱきん、と枝を踏む音だ。交差するように乱立する木々の向こうで、一瞬だけ上がった。今はもう静寂しかないが、康介はそれを気のせいとは思わなかった。(マヌケめ)とただそう思うと、カバンのジッパーを開ける。

取り出したのは、殺害した水透の荷物から拝借した武器。指で引き抜く取っ手のついた球体だ。「かちん」とその取っ手を取り払うと、間髪いれず放り投げた。




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