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□終盤戦
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美島恵(女子16番)は飯塚空(男子1番)と共に、正面校舎を歩いていた。

成り行きで出会い、互いの任意で一緒にいることを決めてから数時間が経つ(あの後、結局二人して眠ってしまっていた。幸い誰にも見つからなかったらしく無事だったけども)。夜が明けて放送を迎えた後、それまでいた教室から出発した。

空と恵は当初、校舎の外へ出ようとしていた。屋内よりも外の方が、いざという時自由に逃げ回れると考えたのだ。ところがその矢先に、外から聞いたこともないような爆音が響き、さらに別の場所で銃声の応酬が始まった。
今はもう止んでしまっているが、それで外に出るのを急遽取りやめにしたのだった。

あてどない移動をはじめる中、恵が気になったのは、空が彼の友だちを心配しているんじゃないかということだった。
空とは親交が浅かったのでよく知らないけれど、鵜飼陽平(男子3番)や鎌城康介(男子6番)の二人とはB組内で特に親しかった筈だ。
陽平も康介も、まだ放送で名前を呼ばれていない。恵自身は陽平とも康介とも接点がないので、正直会うことに不安はある。でももし、空が彼らに会うため探したいという話になったら、恵は迷わず賛同するつもりだった。

「そうだな。気にはなるけど、でも……今はいいんだ」

そう切り出したものの、空の返答はこうだった。

「どうして?気になるんなら、行こうよ。一緒に…」
「…そんなら、美島は?そっちもいないのか。誰か探しに行きたい人、とか」

恵は俯いて首を振る。脳裏に浮かぶ顔はどれも、あの白々しい放送によって死を告げられていた。
佐藤千夏(女子5番)に始まり、紺野美香(女子4番)、堀川やよい(女子14番)と、恵と一番仲の良い友人たちは、もう残っていなかった。

「あ……そっか…ご、ごめん」
空は突如そう謝りだし、ひどく慌てくさっていた。見上げた顔は申し訳なさそうな表情をしている。

「悪かった。おれ、考え無しに聞いて。でも、友だちの他にもしいるんならってさ。それが言いたかったんだ」
「ううん、私は。……でも」

ふと思った。もしかしたら、空は自分に遠慮しているのかもしれない。友人がみな殺されいなくなった恵に、自分の友人を捜しに行きたいとは言えない。そんな風に。

「あの、私は…これからどうしたいかも、わからないし。それで飯塚くんがこうしたいってのがあれば、その方が良い。だから、気にしないで。もし遠慮とかしてるんなら」

そう告げるも、空は済まなそうな顔のまま「いいんだ」と繰り返した。

「探すっても、何処にいるか知れないし。下手に動き回って誰かに出くわすのを考えると、ちょっとな。なるべくなら嫌だろ、人に会うのは」

恵は躊躇いつつも、正直に頷いた。
二人が出会ったクラスメイトのことごとくが、プログラムに則った行動を示していた。尾方朝子(女子2番)に千夏、そして日笠進一(男子14番)の、三人が三人とも武器を取る道を選んでいたのだ。そんなことだから、例えクラスメイトでも、誰かに会うのが恐ろしい。

「…そうかな、でも」
「それよりか今は、おれたちの身をしっかり、」

ふつ、と言葉が切れる。
空は不審げな面持ちで、何かを探るように行く先の宙を正視していた。なんだろう、と思うとすぐ恵も異変に気がついた。煙たいような匂いがする。

「なんか」
「焦げ臭い?よね」
「ああ…。どうして」

二人は足取りが遅くなる。匂いを認識すると、何となく目が染みるような感じがした。
廊下の様子は相変わらずで匂いの元らしきものは一つも見当たらない。だがそれでも、気のせいなどではないと分かった。

「誰か、料理してるのかな。それで火を起こしたとか?」
「いやー、それは…バレちまうだろ周りに」
「…お腹空き過ぎて」
「無いと思うけど」

立て続けに否定されたので、恵は自論を捨て去った。確かに煙たいようなこの匂いは、ちっとも美味しそうでない。しかも、かつて恵がカレーを盛大に焦した時があったが、その匂いとも少し違うような気がした。

どうしよう。引き返したほうがいいのかな。
匂いの元はわからないけど、このまま進んでは危険かもしれない。空の顔を見やると、彼もこちらを向いた。

だが、何かを言い出す前に、行く手の廊下に物音が上がる。

ガララッ、と引き戸が開き壁から生まれ出るように現れたのは、セーラー服姿の人物だった。
あまりに突然で、恵はただ立ち尽くしてその人を見つめた。遠目から見て顔が見えないものの、髪型と、きっちり着こなした制服で判別できた。能登谷紫苑(女子11番)だ。

紫苑も空と恵の姿に気づいたのだろう。こちらを向いた瞬間、ピタリと停止した。一直線の廊下において、お互いの姿は隠しようがない。

「あぁ。やっと人に会えたわ」

紫苑がそう喋るのが聞こえた。

「飯塚君、よね?そこにいるの。……横にいるのはひょっとして、恵ちゃんかしら?違っていたら、ごめんなさい」




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