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□終盤戦
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三つの校舎に囲まれる位置にある中庭には、広場が存在する。レンガを敷かれた地面とシンプルな電灯。イチイの生垣が整然と並び、所々にベンチが置かれている。プログラム会場なんかに選ばれる前は、学生が憩いの時間を過ごす場所だったのかもしれない。

その広場の片隅で、日笠進一(男子14番)は正面キャンパスの様子を見ていた。といっても、中庭に植えられた木々に遮られ梢から覗く2階の窓くらいしかわからない。
その2階の窓の一つから、不規則に明滅する光があった。

それを見つけたのはついさっき、まだ北西校舎を歩いてた時だった。最初はただ何かが反射しただけだろうと思ったが、どうもそうじゃない。眺めているとその光は踊るようにキラキラと動いて、だんだん強く大きくなっていった。

―え、火事…?

とっさにそう思った進一は何となく北西校舎から出て、近くで確かめようとした。よく漫画とかで、軍隊が鏡を反射させて合図やメッセージを送ったりしてるけど…果たしてこのクラスにそんな事する奴がいるものか。怖々と眺めてる間に、その光が一度跳ね上がって鮮やかなオレンジ色に輝いた。

やはりあれは、何かが燃えているのだ。誰かが火をつけたってのか。だとしたらなんとまぁ、大胆な。
通常なら感心していたかもしれないが、今の進一にはただ焦りが強まるだけだった。左手に負った大怪我が、進一の体力を大きく消耗させていた。

クラスメイトの飯塚空(男子1番)に左手を刺し貫かれてから、一晩が経っていた。それで空と、傍にいた美島恵(女子16番)を殺害するのに失敗した進一は、おかげで激痛と夜通し向き合う羽目になった。それだけで、進一を心身ともに苦しめるには充分過ぎた。
人間ってのは自分が思ったよりずっと脆いみたいだ。掌に穴が開いただけで、体は重く寒気がひどい。尋常でない痛みに頭がやられて、そう感じてるだけかもしれなかったが。

唯一幸いなのは、刺されたのが利き手でなかったことだ。左手は握力のアの字もない状態で、元どおりに治るかわからない。これがラケットを握る右手だったら、多分立ち直れなかっただろう。
でも、まだ自分は大丈夫だ。絶対に勝ってやる。その為に仲間の、茂松司(男子10番)まで手にかけたのだから。全員に勝って、生きてここから帰ってみせる。

進一は改めて校舎の窓を見上げた。こういう場合、どうしたものか。今なら、放火をしている人物が火の傍にいるかもしれない。でも普通に考えて、近づきがたかった。巻き込まれれば洒落にならない。
それより、あの校舎から逃げてくる奴をどうにか待ち伏せできないだろうか。そう上手く行くものか、と進一は考えを巡らせる。何かいい方法があれば……

「進一!」

ぎくっと思わず身を固くする。声はイチイの向こう側からだった。びっしりと生い茂った細かい葉は完全にその姿を隠している。しかし、進一にはそに声の主が誰かわかった。

「…まっさん」

知らない内に見つかって名を呼ばれるのは、これで二度目だ。一度目の時も場所は違うが、中庭だった。そして、同じテニス部の仲間だった。
町田耕大(男子17番)は「ここにいたのか」と言って、急いで生垣を回り込んでくる。その切羽詰ったような声の調子に、あぁ、流石のこいつもやはり、こんな時まで落ち着いてるわけじゃないのか、と思った。

耕大が生垣の端へ駆けていく気配を目で追いながら、進一は拳銃のグリップを握った。弾は6発全て入れてある。

やれるのか、あの耕大を。
今まで勝てないでいるのは、テニスの腕だけではない。持久力に基礎体力に集中力、並べたらきりがないくらいあらゆる点で、自分はこいつに劣っている。そんな奴に?

進一は痛みを無視して、拳銃に左手を添えた。殺し合いという土俵は、未体験だ。勝負は判らない。たとえどんなに不利でも、勝ってやる。

「良かった、近くにいて…俺、お前を探して―」

数メートル離れた前方で、生垣から姿を見せたのはやはり耕大だった。
彼はそのまま、己に銃の狙いを定める進一と向き合う。とたんに、動きも言葉もピタリと止めた。話しの形に口を開け、状況を理解できていないというように、完全に停止していた。進一はその顔を見据えた。

「じゃぁな、まっさん」

引き金を引く。銃は素直に咆えた。
腕に伝わる衝撃の反動で左掌の激痛が脳天をつく。食いしばった歯の隙間から悲鳴が漏れたが、耕大から目を逸らさなかった。

肝心の銃弾は、イチイの濃い緑を貫通して消える。外したとわかると、進一は銃を構えたまま大股で距離を詰めた。
ぐずぐずする気はない。長引けばそれだけ余計な事を考えてしまう気がした。




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